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2006年4月

2006年4月30日 (日)

おでん

Rimg0036Rimg0039これは去年、いとへんさんで展覧会させていただいた時NOBUうどんさんに連れていってもらったほどちかにあるおでん屋さんのおでん写真です。森繁久彌さんがこちらのおでんをいたくお褒めになったという逸話があり、店内には森繁さんの一筆書がありました。その書たるや、めっちゃうまくて流石と唸らんばかりでした。NOBUうどんさんはこちらのご主人が「え〜顔してるんよ」とおっしゃっていたけれど、私は女将さんのお顔に終始、強力な万有引力に吸い込まれるように見入ってしまいました。すごい存在感です。昔は街歩いてたら大変だったんだろうな〜と想像しました。おばあちゃんくらいのお年なのに、奇麗な色白の肌、くっきりとした目鼻立ち(しかも顔のパーツが全部大きい)ちょっとやそっと観たことありません。宝塚のトップスターも吃驚のきれいなお顔立ちです。まあ、おでんを味わうというよりは味のある大将と女将さんの存在鑑賞尽きる事なくお腹も心も満腹でした。
このおでんはそりゃあ、も〜う、めっちゃくちゃ美味しかったですよ。最後におでんのおつゆをお茶漬けにしていただくんですが、ほらもう〜、めたくたウマい!写真整頓してたら出て来て、今頃になってしまいました。NOBUうどんさん、その説は素晴らしく美味しいお食事ご馳走さまでした。また、そちらの食事に劣らずとも勝るような得難き美しい感動の体験、ありがとうございました!

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2006年4月28日 (金)

ケッタ

三重県に住んでた頃、自転車の事を「ケッタ」と言ってた。または「ケッタマシーン」=ケッタのマシーンという意味。「今からケッタで遊びに行くわ〜」とか「ケッタで集合な〜」とか。
やがて名古屋の予備校に通い出したら、ちらほら「ケッタ」と言う派と「チャリ」と言う派がいた。東京に来たらみんな「チャリ」と言い、その都度心の中で「ケッタやん」って突っ込み入れつつ、でも通じないので自分も「チャリ」と言い、心の中で「ケッタ」とつぶやいてた。こないだ友達が田舎からケッタ飛ばして云々というメールがきて「ひゃっほ〜ぅ、久しぶり。ケッタやて」と嬉しくなって「うんうんケッタなあ」ってメールで打ち返す。やっぱり慣れてる言葉でやり取りできるのはたまらんね。

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2006年4月26日 (水)

熊本産 わらび

Pict0004_1熊本の友達から、新鮮なたくましいわらびがたんと届きました。段ボールの箱にぜんまいや三つ葉や椎茸や山菜がたくさん入っていたのだけど、開けた途端ハッとするくらい自然の中でたくましく育った気の強さを感じて「すごいよ〜」って電話した。やっぱ大自然って凄い。彼女のうちは熊本でも山のあたりにあって、同県の人々(山の下に暮らす人々と呼んでるらしい)もここの山に登ってくると「こんな美味しいもん食べたことない」というくらい感動して帰っていくらしい。兎に角なんでも美味しいからこのような山菜をたまに買わせて貰っている。こんなの東京じゃ食べれないよ。こんなにパワーがある山菜が並んでるのは観たことない。その上、山菜につきもののアク抜きがいらないらしい。さっそく鍋に水と共に煮立てて、だしと醤油、みりん、酒で味付けしてみる。試してみるとほんとにアク抜きなしでも甘くとろりとした味わい。素材自体に力のある強い味。旬のものをこのように出来立てでいただくことのってなんて贅沢なことだろう。ほんとウマイわ〜。カッキーどうもありがとう。

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2006年4月25日 (火)

「なにもしなかったら、なにもおこらない」

「なにもしなかったら、なにもおこらない」 by ウイリアム・シェークスピア

タイミイグのよい言葉だわ。
このような偶然やシンクロニシティは毎日あることなのだろうけど、たまに焦点が合うとぐ〜んとクローズアップし強調される。

いつまでに仕事や宿題をしなくてはならないとか、いつまでにいくら貯めなくてはならない(貯めたい)とか、細かい締め切りが人生にはあるけれど、一番大きな締め切りはいつか死ぬということだ。
でも死ぬ時は読めないので、これはいつ何時が締め切りか分からない締め切り。明日かもしれないし、今かもいれない。だから悔いが無いようにとか一生懸命なんて言うんですよね。
でもって、死ぬ時がいつわからないというのが一番なにをしなくてはならないのかを考えさせられる。
でもそれって、簡単じゃないのよね〜。実は明確て簡単なのかもしれないけど。

ということで、シェークスピアのこの言葉、こういうこと、しばらく忘れていた。

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2006年4月23日 (日)

続・無性に食べたかったもの

Pict0005マリネが食べたくって、その中でも鰺の南蛮漬け。たんまりこしらえた。しばらく日持ちするから毎日ちょっとずついただこうと思います。たまたまスーパーに買い出しに行ったら小鰺が安くなってたので2パック買って、さっそく下ごしらえし、塩ふりかけて地粉ふりかけて油でカリッと揚げた。大きなボウルに新たまねぎもこないだから生でいっぱい食べたかったので2.5玉スライスし、ピーマンと人参も同じく、そして軽く塩もみした。漬け酢には、味を見ながら黒酢、純米酢、米酢、醤油と粗塩とブラックペッパー、醤油少々、鷹の爪、昆布一枚を入れる。揚げた鰺を入れてしばらくして味見したらパセリのみじん切りとレモンの絞り汁入れたらもっと美味しかっただろうなあと想像した。冷蔵庫で一晩寝かす。明日になったら味が馴染んでることだろう。酢っぱいものはいろいろブレンドすると深みがでる。フルーツワインビネガーや白ワイン入れてもコクが出るだろうな。ウマそ〜〜。

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2006年4月22日 (土)

ふきが食べたくなって

Pict0001_1おばあちゃんの手料理みたいなメニューがほんと好き。ふきが無性に食べたくなって買ってきてさっそく煮てみた。ひじきと筑前煮のごった煮と切り干し大根もついでに。彩りが悪いので青菜のおひたしでも欲しいところだ。煮物だらけだけど全然かまわない。あと2〜3品足すなら納豆と冷や奴とぬか漬けだ。ほんっと じじばば食。切り干し大根が一番美味しかった。あとはひじきと筑前煮の蓮根。ふきもやっぱりこの苦みとしゃきしゃきの歯触り、なんとも言えないね。コトコト火をじっくり通した煮物はやっぱり安心する。

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2006年4月20日 (木)

ありがとう ありがとう ありがとう!

Pict0022マキノ出版の高畑さんから、お仕事で描かせていただいた装画完成本と共にいただいた本。「ありがとう」の本と呼んでいる。電車の中で読んでいる。自分にとって有り難くない人ほど「ありがとう」と言ってみると書いてある。「こんにゃろ〜、ありがとう!」でもいいって。いっぱい言うことでどんどん善くなると。こんにゃろうという人を思い浮かべたくもないけど思い浮かべて「ありがとう」と言ってみる。3000回くらい言うといいらしい。万ならもっといいって。今度あの入場者計ってるカチャカチャ押すあれ、あの器具買ってみようかな。何回言えるのか数えたくなってきた。高畑さん、素晴らしい御本をどうもありがとうございます。そして今日も一日無事に過ごせてありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとうございました。

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2006年4月19日 (水)

対面同席五百生

対面同席五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)
仏陀の言葉で、一瞬でも席を共にした者は、過去世で五百回以上の席を共にしているという意味らしい。
電車の中で隣合わせた人や、前に立ってる人、街ですれ違った人など一瞬でしかないのに、そんなこと考えたら最低でも五百回以上は輪廻転生を繰り返している事になる。意味がないことはないと言うから、一瞬でもすれ違った一期一会の人は、仕組まれたカリキュラムの一項ということになるもんなあ。道を尋ねたり、尋ねられたり、昨日も自宅にアンケート調査に来た突然の人、もう二度と会わないなと思える人たちでも「過去に五百回会ってるんですよね、私とあなた。」って思ってしまう。縁って不思議だ。

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2006年4月18日 (火)

一本木

060418_1220001PhotoPhoto_1
三重県鈴鹿の楠という場所に楠の木という東京の六本木ならぬ、こちらは地名でなく一本木といこのあたり一体の名物の大きな木がそびえ立っている。小学校の時はこのあたりまで課外授業やマラソンに来たりしていた。大きい幹に何人で囲めるかみんなで両手を広げて試したりした。とても大きい有り難い木なので締縄で結んで祀ってある。このあたり一帯、神気を感じる自然の神秘、威厳を感じる気の強い場所である。もう随分行っていないけれど、今日地元に帰省中の埼玉の同級生が、お参りしたあと写真撮って送ってきてくれたので、記念にアップしておこうと思う。やっぱすごいわ〜。大きいわあ。生きてるわあ。空に体全部を伸ばして自由に咲いてるわあ。雷か台風の影響で半分なくなってるけど、また元どおりに戻ってほしい。木のあたりに、神光がかって見えるようだわ。

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2006年4月17日 (月)

いっとう好きな白い花のなる木

Pict0016_1Pict0013今日は快晴でした。気温は18度。御茶の水の歯医者に行く途中、いつものように草木を眺めての家から駅迄の道。「うひょ〜っ!」発見。雪柳、木蓮など白い花のなる木が大好きな私、そのなかでいっちゃん好きな大でまりの木をめっけた。小でまりと大でまりはめっちゃ好きで、大きな家に住むようになったら絶対植えようと夢みている木。小でまりは前のアパートの玄関で鉢植えで育てていたけれど、大地に植えないと難しく伸びない。あらま〜っ。しばし眺めて足早に駅に向かう。隣にあったのは多肉植物のリース植え。これまたけったいやな〜。明日もう一回観に行こう。大でまりちゃん、一体いくらで売ってるんだろうか。もちろん今の住まいじゃ買えないけどね。

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2006年4月16日 (日)

作 品

Pict0001Pict0004こちらが昨日の「かざる つみき」展にて購入した一井由美さんの作品です。こうやって壁に飾っても一枚の絵になりますね。私は面もいいけど中にひっくり返した生地で持ち歩きたい。文庫本と携帯と財布持って昼下がりに本を読みに散歩に出かけるイメージ。

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2006年4月15日 (土)

ぷらっと旅

日帰りで群馬県の伊香保温泉まで行ってきました。新宿から高速バスで3時間のプチ旅行です。温泉旅館の別館カフェで開催されている一井由美さんの「かざる つみき」展を観に行きました。冬将軍になるから防寒をと天気予報で呼びかけていた前夜でしたが、な〜んてこったぁない平民の小春日和でした。ちょっと肌寒くはありましたが。風情ある建物や風景を撮ってきたのに何故か全部画像が消えてすんげえショックゥゥゥ〜。
作品である小さな手提げバック購入しました。もうじき出産の友達がお腹の子が女の子らしいので、プレゼント用。お母さんも使えていいわあ。こんなの出産祝いにプレゼントされたら嬉しいかも。自分に欲しかったくらい気に入った。バスの中で何回も出してみていた。リバーシブルの裏の生地がまた可愛い。後日、アップします。立体であるオブジェの積み木が面白かったです。いじって遊びたくなりました。飾ってあたのであまりいじりまくりませんでした。積み木もいつか欲しいなあ〜。

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2006年4月12日 (水)

うさいぬとケロヨン

Pict0003机の前にコンパネで簡単にこしらえた棚があって画材やらブツをかたしたり飾ってあるんです。今、目のまんまえにあるのが「うさいぬとケロヨン」。こっちが煮詰って唸っててもこの呑気なスマイリング。ふと目が合って思わずニヤついてしまうわけですな。

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2006年4月11日 (火)

雨の日の風景

060411_172102近所に咲く、カラフルなチューリップ。彩度が高く、こんな薄曇りの中でも発光している。そして音符の羅列みたい。

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2006年4月 8日 (土)

「天上天下唯我独尊」釈迦誕生

Pict0674Pict0703今日は仏陀(お釈迦さま)が生まれた日、仏陀の誕生を祝う日ですね。仏陀は「天上天下 唯我独尊 (てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」と言って、この世に誕生しました。我一番!という意味ではなく、この世は一人一人が唯一無事の尊い存在、みんな違ってみんないい、という意味らしい。人生の「無常」という言葉もいい。地位も、名誉も、財産も、わたし自身も、いつか無くなる塵のようなもの、やがて年をとりかたちあるものはなくなってしまう。無宗教とは言えず、私は仏陀が大好き。誰もみな無宗教はいないと誰かが言っていたけど、私もそう思う。何かに所属していなくても(ほとんど社会の何かに所属しているが)所属、宗教をもっている人の多い事。偉大な芸術家の門下に付く事もしかり。アートの集団を築き寄り合うこともそうだし。ものをつくっていること自体が宗教。自然相手に働く人々は朝日を拝み、自然を崇拝する。私は仏教(仏陀の教え)が無性に好きなので、仏教の宗派に所属している派だと思います。仏陀とかお釈迦さんという言葉を聞いているだけで安心してしまう。また小さい頃から般若心経を唱えるととても気持ちが安らぐ。子供の頃はよく、緊張すると唱え、受験の時も般若心経を唱えるようにしていた。線香の匂いも大好きだ。前世はきっと日本人の事が多かった気がする。外国に行きたいと思ったことが一度もないし、今もこの先行くことがなくてもいいと思っている。海外は行ったことあるし、ローマやパリのポンピドーミュージアムにもう一度行きたいなあとか、フランスの奥地に行ってみたいとか、ニューヨークに現代アート観に行きたい、ドイツに行きたいとか思うけど、本気で行ってみたいとは思わない。海外旅行のプレゼントが当たるなんて話しあるけど、人にあげるだろうなというのはいつも思う。でも仏陀の生まれた聖地、インドは機会があったら行ってみたい気もする。がしかし、インドは呼ばれた(選ばれた)人しか行けないらしい。あんまり呼ばれてる気がしないわ〜。それよか、日本の寺院や神社やとにかく神道や仏教の匂いがする場所に死ぬ迄にいろいろ行きたい。
今日は仏陀の本命日ですが、今のこの世の中を仏陀はどう天上から観ているのだろう。弥勒菩薩はもう下界しているのだろうか。この世は苦行といった仏陀。こういう病気な世の中の現状も修行の場としては人里離れて山に籠るよりも、尚厳しく自己鍛錬できる格好の修行の場として観ているのかも。というわけで、仏陀ファンの私は、命日である毎月8日は嬉しくなります。写真は今日のテーマとは全く関係ない実家で撮って来た近所の雑草と、外国の陶人形。

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2006年4月 6日 (木)

神保町

外出デーだったので、全部の用事をまとめて神保町にも行った。この町、東京の都心のなかでも好きな町のひとつなんですよ〜。なんていうか独特の湿った(多分 古本のせい でも嫌な感じじゃない)空気と乾いたオフィスビルの一帯のギャップがあるけど、この湿った古本が連なっている路地裏あたりがいい。ここの一角に前からすごい気になってるギャラリーがあって、一度たまたま入ったら一目惚れした。空間といいスケール感といい、もろ好み。また作品の企画もえがった〜。オーナーが現代アートが好きなんだと思うけど銀座のその手のギャラリーに行かないと観れない作家の作品が展示されていた。しかも少しずつ少人数で、みんないい作品だった。こじんまりと地味にやっていらっしゃるみたいで、こけ玉や盆栽もそれこそ、木わくの窓際にちょこんと置いてあったり、芳名帳のところにちっちゃい文鎮のようなオブジェがあしらわれていたりで、かわいい。でも現代アートやってるくらいだから甘ったるくない。程よい年期が入っている建築物にもかかわらず、清潔感と明るさが全体の印象。空間の色の印象は、白ではなく淡い木の色といった感じ。ギャラリーは思いきり木の匂い(雰囲気)がする建物か、シンプルな箱形の真っ白い空間などがいいなあと思うけれど、ここは空間がクリーム色なのに真っ白い清潔感も感じさせている。そして、木の匂い(雰囲気)がする建物というほうにも当てはまる。とにかく、こんな空間あるようでないのです、東京には。いつも名前忘れてしまう。とにかく空間と作品に魅了されて帰ってきてから「あれ?名前なんだっけか?」って。ちっちゃいちっちゃい抽象画をいくつも並べて展示してもいいと思う。今じゃない、いつかできたらいいなあって思うような場所です(勿論、空想です 笑)。

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神楽坂のあじさい

060406_131901今日は仕事で外にずっといました。神楽坂に途中行く。さすがに坂が多く、ぐるぐると登ったり下ったりと目的地にたどり着くまで散策していました。神楽坂は古き良きものが残っている大人の街です。途中で見つけた盆栽やこけ玉を扱う雰囲気のいいお店で、気になるあじさいを見つけた。というか目が合った。雰囲気の良い店内には入れてもらえず外に追いやられて飛び出していたもの。そりゃ店内は盆栽にこけ玉と湿った植物がメンイなので場違いだけれど。しかし時期外れもいいところだなあ、可愛いんだけど「なんで無理矢理今咲かされてるの?」可哀想に・・・、と眺めて、ちょっと店員がきびきびと働いていた傍ら、何も買わずに(とにかく手荷物がマックスだったのだ)写真なんて呑気に撮っていたらひんしゅくものだと、携帯に素早く納めては逃げるように走り去ってきた。

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2006年4月 5日 (水)

「なかの」のあいすまんじゅう

Pict0699「なかの」のアイス。鈴鹿市神戸という町にある老舗の甘味屋の中にぎっしり、粘着度の高いつぶあんが入ったアイスバーです。外はこれまた粘度の高い濃厚なミルク味。よく似たやつで他のメーカーに「あいすまんじゅう」ってのがあるけど、共に大好き。「なかの」のほうが田舎っぽい手創りの味がして地元の人たちには人気みたい。他に抹茶やコーヒーやなんだっけかな?忘れたけどいくつも種類があった。一本128円。かたちがかわいいね!

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防風林のある砂浜で

Pict0664Pict0665Pict0702防風林が残っている砂浜はまだ海が健康な証拠らしいです。大抵海が汚れている場所には防風林はありません。砂浜もありません。温暖化で水位が高くなりテトラポットで囲われた砂浜のない場所もたくさんあります。これは小女子の釜揚げを砂浜で天日干ししている図です。カリカリに乾いたちりめんじゃこをつくり、全国に流通するのです。右の鍋中は生の小女子の卵とじ。これも小女子の美味しい食べ方のひとつです。

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2006年4月 4日 (火)

大 漁

Pict0424Pict0433Pict0593060404_105702060404_110401ようやく4日に待ちに待った出航になり、便乗できた小女子漁。本日は大漁だった。一日1ミリづつ大きく成長していく。今日は5センチほどの大きさ。小さい3〜3.5センチほどのものが一般的には高値がつきしらすとして市場で出回っている。見た目がよいため人気があるのだ。がしかし、魚が好きな人はたいがい聞くと、みな口を揃えて細かいものよりどんどん安値になる大きい小女子を好むようだ。私も、高値がつく細かいしらすは好きじゃない。味が淡白で物足りない。しかもスーパーで売られているものには美味しく見せるため本来の黒っぽい魚の姿を青色に見せるため色素沈着がなされている。薬品の味がツンとしてすぐさまわかる。実家の台所に色目が不自然な小女子のじゃこがあった。ひとくち口に入れてみたら薬物の味がしたからそれ以上食べなかった。聞いたら市場でいただいた色素沈着されたもので、きれいな化粧箱に入っていた。天然のものを食べていない人は普通にあれが小女子の味と思うみたいで、昨日桑名の友達にきいたら表示をみて塩とだけあるものと、赤や青の文字が印刷されてるものがあってあまり味の区別がわからないらしい。私は不味くて食べれない。実家にあったいただきものの色素沈着されたものは近所の猫の餌になったか畑の肥やしにされたみたいだ。
小女子がこの日の漁では大きくなって値段が安値になっていたけど、私は大きいこの価値が薄れてく小女子のが好きなわけで、釘煮もこれよりもっと成長しておおむね市場では売り物にならなく、魚の餌として業者に買われて行くくらいのものをより好み、その時期を待って釘煮にしてもらうわけである。魚好きにはこの時期のもののが好まれて売れるけど。世の中、一にも二にも「実」より「見た目」というわけだ。
漁に便乗させてもらって市場に売りに行き、業者が競り落としにきて買われていき、工場で加工され流通されていくまでを取材したらものすごく面白かった。暗い夜明け前に港にいくとたくさんの船に明かりがついて、準備している。海の沖まで船がいくと、1〜10キロ単位で船がいくつも点在しており、あれはどこどこの漁港からのもの、どこそこにみえる船はカレイを専門に穫ってるマグワ漁(漁の種類)だと弟に説明してもらった。小女子の漁は四国から伝授されたバッチ網という漁で、ももひきという今のスパッツに値する寒さしのぎの下着に似てる形をした網を二船〜4船の戦闘態勢で出航する。魚が群れになっているあたりまで魚群探知機GPSで検索しながら運行することおよそ30分。このあたりかしらんと観をぬぐって投網をする。1時間〜3時間かけて網をひきあげるまでの一連の作業をする。10キロいりのかごに30〜50杯穫れるわけだが、このあたりの年間の50%の水揚げを誇る小女子が漁業資源として大切に一年保護されて育ち、産卵し、稚魚となった時期にようやく解禁されて、漁獲されてきたわけで、その小女子がこんなに大漁に網にかかってきてるのみたら、バカみたいだけど可哀想になってしまった。暑さに弱く6〜12月まで夏眠するのだが、外的から身を隠すために砂の中に潜って、小女子が夏眠していそうな場所は開拓や工事の食い止めを促し漁業関係者からも守られて育ってきたのに、可哀想〜ってピチピチ跳ねる大漁の渦に涙がでそうになったりして。これも異常なまでに思い入れが強い魚故かのしれないけど。早朝にとれた小女子は夕方には浜に天日干しされてじゃこになっている。浜に干されたこれまた大漁の釜揚げ(やがてじゃこになる)の天日干しを眺めながら、砂浜で選別にもれたかたちの悪い小女子を眺めつつまた心がチクリとしたりもした伊勢湾に春を告げる小女子漁の一日だった。

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2006年4月 3日 (月)

田舎のまん中のファミレスで

Pict0332Pict0331_1Pict0333三重県鈴鹿の実家は、海沿いで田畑に囲まれたあぜ道の一角にある。夜は真っ暗というより、真っ黒。こんな場所に道路にでて少し歩いたところにファミレスが何年か前にできた。唯一の寄り合い場所。連日の海の時化(しけ)で小女子の漁が休みなため、大好物の小女子漁取材で帰ってきた私は腐りかけていた。そんな折、蛤、しじみで有名な桑名の高校の同級生(主婦)が家事を終えた後、車で走ってきてくれたのです。寄り合い場所はかのファミレス。なんと夜の10時すぎに待ち合わせて、メニューはデイサービスから モーニングに代わり、ゲスト(お客さん)も何回転しただろうという朝の10時まで12時間居座った。居たというより、住み人になっていた。ドリンクバーを注文し、飲んだドリンクは二人で10杯を越え、途中、スパゲッティと雑炊を食べた。高校生のころ、こそこそ名古屋まで夜通し遊びにいっていたけど、「私まだまだイケるなあ」と言って、しかし、会計に席を立つ頃はフラッとしていた。とりあえず、田舎での記録。
写真は海苔の種をかきの殻につけている風景。整列している様が現代アート。海苔は海の農業と言われています。一年かけて地上(丘)での種つけ作業から、種がついたら海という畑に放って(植えて)いよいよ実が収穫できるまで丹念に育てるのです。あまり美味しそうでない、ファミレスの食事風景と一緒に。

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2006年4月 1日 (土)

センスはお金で買えるけれど

Pict0334Pict0336Pict0340_1「正確にいえばお洒落はお金で買えるけれど」だね。とうとう深沢直人氏デザインのインフォバー「アンニン」からいっちゃんダサいauの機種に変更した。選択基準は普通に使えることと電池が減らないやつ。持っててもあまり嬉しくない。自らこんなにデザインを度外視してモノを買ったのは始めてだ。しかも一番イケてないもの。私もだいぶん諦めることができたというものだろうか。携帯で話すと声が割れるし落ち着いて話せないからあまり使わないし、ほとんど持ち歩く(家に忘れることも多く携帯の意味がない)だけなのでいいけど、でもアンニンの時は持ってるだけで嬉しかったなあ。ダサイものは嬉しくないけど、目立たない、見られないという安心感はある。そして、センスのいいものはいつでもお金で買えるけど、ダサいもの、あたたかみのあるものはお金では買えない価値?があるというものかも。こうやって、どんどん許し諦めていくのだろうか。このデザイン、ますます携帯使わなくなりそう・・・。多分来年くらいにまた深沢直人氏のneonに乗り換えそう。
車で田んぼのあぜ道を走ってきた。相変わらず曇って寒い春なのに冬空だけど、この雑草どうってことないけど、やっぱ東京ではこんなにたくましくぼうぼうに育ってるものは見られないと、立ち止まって記録してみた。

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