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2006年10月21日 (土)

漁師が山に木を植える理由ー 植 樹 祭

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山に木を植える「植樹祭」は、あの、「森は海の恋人」というロマンチックなことばを世に出した、牡蛎養殖漁師、畠山重篤さんが15〜16年前に掲げたもので、長年の漁師の経験と勘から得た陸と海のつながり、山と海のつながりの発見からきています。「漁師が山に木を植える理由」、「森が消えれば海は死ぬ」などで知られる水産学者の永沼勝彦さんと盛んに起こした植樹祭。今や全国で200か所の地区で毎年地道に行われています。

その植樹祭を体験しに岐阜県は白川村という山奥行ってきました。東京から約10時間。三重県、飛騨川の漁師たちはこの白川村集まって毎年木を植えに来ます。なぜはるばるこんな他県の山奥まで?と思ったのですが、白川村の山から流れる川は、伊勢湾に流れる栄養三大河川である木曽川に繋がっていたのです。この山に広葉樹である木を植えると、やがて落葉し、山の腐葉土となってふんだんな栄養ミネラルが川をつたい伊勢湾に流れてくるのです。海のプランクトンの栄養源であるミネラルが山から流れ海の食物連鎖は成り立っています。山は土砂などを海に流れるのを防ぎ、腐葉土からなる水は濾過され、奇麗な水だけが流れてきます。そして流れるミネラル水は海を奇麗にする役割を担っています。

20年前に比べると半分以下になっている漁獲量の理由は地球温暖化、環境破壊などがあげられますが、一番の理由は、シャンプー、リンス、洗剤などの合成洗剤、農薬などの私たちの日頃の生活水からくる水質汚染と言われています。
漁師達は昔より、長年の勘から海と山が繋がっていたことを知っていました。
毎年日にちを決めて同じようにこの気の遠くなるような作業を海のために魚の蘇生のために行っています。三重県の亀山などのいたる山にも植えるため、いくらかはこちらの白川村に来ています。
飛騨川、三重の漁師さんとともに桑名や白川村の小学生も授業の一巻として参加していました。総勢400名。植えた木はナラ、コブシ、ヤマザクラ、ケヤキなど10種類の広葉樹2000本。

山に木を植えること自体すぐ結果がでることではない、気が遠くなるような作業です。しかし、この山に木を植えるという行為がとても感動でした。


私もみんなに混じって苗木を8本、山に植えてきました。
実際に体験してみると、写真などの映像で観ていたより遥かに難儀な作業。
急斜面に立って鍬で穴を掘るのですが、毎年必ず誰か転げおちたり、携帯を落下させたりするそう。その斜面に立ち、転げ落ちないように穴を掘るのです。土の中に張りめぐらされた植物の根の絡み合って固いこと、なかなか深く掘れません。「えい!や〜!」とかけ声掛けながら鍬で掘る。また、一本一本、大きく成長したときのための距離を計算しながら植えていきます。そして氷点下になると寒さで枯れてしまうため浅い穴ではダメ、深く深く掘り埋めます。

一本ずつ植わってく皆の植えた苗木の一面を観ていると、じんと胸に押し寄せるものがありました。今日植えた2000本もの木が海へミネラルとして流れるのは50〜60年後です。
その頃には、私も、今日植えた大人たちも、ほとんどがもうこの世にいません。けれど、私たちの子供、孫たち次世代の人々がこの先いつまでも魚を食べ続けることができるように、奇麗な水が海に流れますようにと願いを込めて一本一本植えてきました。

今回、故郷の海に繋がる山に苗木を植えてみて、次は宮城、その次は四国と、全国の海につながる山に自分が生きている間にできる限り多くの木を植えに行きたいと思いました。そんな大きな夢と目標をもらえた一日でした。

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