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2006年11月

2006年11月30日 (木)

現代アート ぷらっと旅

Dscf3398Dscf3399女子美術大学のデザイン科の時、お世話になった教授の井上悦治先生の新作を拝見に伺った。大学は移転して、今は神奈川県の相模大野に山奥にある。この校舎は卒業する時に卒業制作の講義で一度訪れた以来、実に15年ぶり。遠〜〜〜かった。三軒茶屋までケッタで行って、そこから電車とバスを乗り継いで、ちょっとした日帰り旅行な感覚だった。行き帰りで編み物しちゃったよ。なんであんな山奥にいっちゃたんだろう。学食でお昼ごはん食べて、久しぶりに先生のデザインされた仲條正義さんのフライヤー(2004年女子美術大学ミュージアム記念展のもの)を拝見しながら、デザイン講義を受けた。また、インスピレーションを揺さぶられたくなったら、絵を観に伺おう。

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2006年11月29日 (水)

「天知る 地知る 我知る」

今日のオーラの泉はとくにビデオに撮っておけばよかった。心に、忘れないようにしよう。

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2006年11月28日 (火)

お不動さん縁日

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「のーまくさんまんだーばーさらだん せんだんまーかろしゃーだーそわたやうんたらたーかんまん」これは古代サンスクリット語、不動明王のご真言。
今日は大日如来の化身、不動明王の縁日です。不動明王は太陽を表す最高神で、天照大神(あまてらすおおみかみ)にあたる。
「のーまく さんまんだー・・・」このご真言が気持ち良い。天照大神への祝詞、禊祓いは「たかあまはらに、かむずまります・・・もろもろのまがことつみけがれをはらえたまえ、きよめたまえ・・・かしこみかしこみまおす」。清い言葉で気持ちよい。これも毎日唱えてると自然に言えるようになる。
ついこないだ、近くにご不動尊さんおいでにならんかなあと思って探していたら、家から目と鼻の先に「世田谷観音」があった。さっそく28日である今日は、ご縁日なのでお不動さんの護摩焚きに参加した。「のーまく さんまんだー・・・」やっぱり気持ちいい。約30分唱え、般若心経で終わる。
でもって目つぶっても言えるようになった。
「のーまくさんまんだーばーさらだん せんだんまーかろしゃーだーそわたやうんたらたーかんまん」
写真の六角堂が不動堂。国指定重要文化財である不動明王を中心に八大動子が鎮座されていた。この紅葉の庭といい、きれいで自然の気が溢れてて近所でうれしい。毎月各御縁日、四季の彩り観がてら伺おう。


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2006年11月27日 (月)

曇り空の下、桃ちゃん現わる

Dscf3382_2Dscf3385Dscf3389今日は、同業者のかのちゃんと愛娘の桃子ちゃんが登場。三人でお昼ご飯食べて、お茶してひとしきり遊びました。このお八つは、かのちゃんが差し入れてくれたもの。京都のもので蓮根の粉と和三盆でつくられたくず粉みたいな冷菓子。これがまた番茶とよく合う。三人で「うまっ!うまっ!」の連発。

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2006年11月23日 (木)

勤労感謝の日

Dscf3343Dscf3347Dscf3350Dscf3354今日は、友達が、新居の我が家、拝見にみえた。けんちん汁、かぶの即席漬け小女子添え、すずきの煮付け、茶碗蒸し、冬瓜とごぼうのきんぴら、青大豆の酢漬け、五分つき米。張り切ってお昼ごはん作っちゃったもんねー。茶わん蒸しの上、三つ葉じゃなくて、ちんげん菜ってのが変だよねえ。

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帰 還

Dscf3333、情けなく落とした財布が無事に戻ってきた。いい人に拾ってもらって警察に届いていた。久しぶりにみた財布は愛おしかった。お礼をさせていただきたかったのだが、拒否とのことで住所も名前も伏せてあった。残念だったけど、もうほんと気をつけないと、
これから長〜い紐でかばんにくくらねば。そして、やはり忘れ勝ちだ、困ったときの神頼み。その後のお礼参り。

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2006年11月21日 (火)

よく落とすもの

1_11体育館に行くときに履く、五本指の靴下。こうやって、小指が入ってないときがある。

眼鏡の次は財布。今日、体育館に運動しに行った帰り、自転車で通ってるのだが、財布を落とした。スポーツシューズやタオルや水が入った袋の上にちょこんと入れて、自転車で鼻歌まじりに柳の木の下をぴょんぴょん柳に手が着くか背伸びしながら漕いでる場合じゃないっつうの。帰りがけスーパーで献立たてて買い物、かごをレジに持参、支払いをしようとした途端、 ザーッ。「ない〜っ!」。で、詫びてキャンセルして体育館まで戻り、受付で尋ねたり、来た道を辿ってみて、交番に紛失届けして、家に帰って、カード会社に差し止めの電話しまくりの後半。免許証も保険証も郵便局も、銀行も、顧客カード、各カードもぜ〜んぶ、やり直し。しかもカード会社から各々再発行カードが封書で届くまで一週間。お金が下ろせな〜い。もう、ほんとうによく私は財布を落とします。1年〜2年に一度くらい。信じられない。いつも、心ある人に交番や駅やらスーパーに届けられて、救われるのですが...、そうじゃないときもある。数日前も新幹線に乗って名古屋の改札でるときにチケットがない事に気がつくなど、最近やたらと無くすというか、落としものをする。ボーッとしてる。今回を機に、財布には鈴と長〜い紐をつけることに決めた。しかし・・、免許は数カ月前更新で書き換えしたばかりだけど古い住所だったのが気に入らなかったからいいとしても、あの財布、お金も惜しいし、お気に入りの、もう手に入らないエバゴスの財布。もろもろすんご〜〜〜いショック!かみさま、ほとけさま〜、どうか見つかりますように。

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2006年11月19日 (日)

めがね

Img126今使ってるめがねはもう2年以上使ってる。銀座のメガネ工房、カムロというお店で買ったもの。新調しようかと思うときもあるけど、これ以上気に入ったやつになかなか出会えない。地味で顔とよく馴染む。机引き出しに眠ってるいくつかもこっ恥ずかしくて今ではできない。で!そのお気に入りのめがねが今朝起きたらなかった。青ざめてそこいらじゅう家捜したけどない。こういう事はままある。その都度、「かみさま、ほとけさま〜」と藁にもすがる思いである。そして大概は見つかる。なのに、今日は見つからなかった。ひととおり探し、観念し、買ったお店に電話し、同じものを創っていただけないかか問い合わせた。そこのお店のオリジナル製品で、形のデザインは再現できるけど、生地はイタリアから取り寄せしたもので、洋服と同じように、生地自体をもう生産していない、という。光によって色が変わるあの玉虫のような微妙な色調が良かったのだ。なんとなく似たやつなら一つ作れる分あるので観にきますか?と言う。でも、期待しているものと違うのは想像つく。えらい落ち込んでもう一度、布団の中から玄関からかばんから机から古いめがねかけて探した。ら、台所の引き出しから出てきた!キッチンバサミと並んでた。キッチンバサミと同調していた。一回目も見たけど、あまりにも地味な色合いなのでわかならかったのだ。台所の道具と仕事道具を混同するのはわかる気もするが。あー、よかった。こういうことはよくあってその都度心臓バクバクものだ。そこで、やっぱりいざという時のためにもうひとつ新調せねばと思った。これとしごく似たやつ。でもって、長くなったが今日の教訓は、モノに語りかけること(感謝すること)。困ったときの神頼みはしないこと。したらお礼も忘れないこと!

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2006年11月18日 (土)

穴子の天婦羅巻き寿司

061118_171701そして、これは、三重県の塩浜という駅近の居酒屋で食べた、穴子の天婦羅巻き寿司。なかなかイケる。天婦羅を巻きものにするというのは名古屋の食文化の影響だろう。今度やてみよう!でも、これ、サクッと天婦羅の衣があがってないといけません。

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2006年11月17日 (金)

朝昼ごはん

Dscf3284今日の朝昼兼用ごはんの主菜。ピンボケしてますが、昨日の夕方に作った残り物。かたくちいわしの煮物、ごぼうとピーマンのおかか炒め、かぶとルッコラの和えもの。ごぼう以外、ぜ〜んぶ実家の海や畑で獲れたもの。これに味噌汁と、焼き海苔があったらバッチリ。でもなんだか作らなかった。とほ。

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2006年11月16日 (木)

新 高

Dscf3274Dscf3280今日は、都立大学の体育館のヨガに参加した。こっちのが駒沢公園より近い。
メニューの中に、久しぶりのパワーヨガが入っていた。ややきっつかったけど、じわ〜っと体内の血が巡り渡る感覚。気持ち良かった〜。
書の先生に、高知から届いたという、地球のようなボールのような、大きい梨をいただいた。かわいらしい花あられと共に。調べたら新高と言う交配梨で、今くらいの時期が旬らしい。さっそくいただいてみると、果肉は荒いけど柔らかく多汁。とっても甘くて美味しかった。これにクエン酸の効いた梅ジュースでお八つ。

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2006年11月15日 (水)

みかん

Dscf3265今朝、近くの神社の神嘗祭に行ってきました。神様に御供物をし、神主さんが太鼓をたたいて、祝詞を唱え、鈴を鳴らしたり、御祓いをしたりするのを一緒に同席させてもらって参拝して、禊ぎを受ける儀式です。鈴の音を頭の上で鳴らしてもらい、御神酒をいただきました。浄められる感覚です。また来月も参加させていただきたい。
このみかんは冬になるみかんですね。空の色との対比が季節の色らしくてきれいです。

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2006年11月13日 (月)

散歩ランチ

061113_153501061113_164601今日は、学芸大学に住む友達とランチをした。劇作家の三谷幸喜さんが犬を連れて散歩してた。お茶してる時ちょっと話してる声が聞こえたけどとても声が良かった。
友達と食事したあと、学芸大学の中にある民家を改造した雑貨屋をのぞいた。短時間デートだったけどなかなか楽しかった。写真を見てみるととても乙女図だ。

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2006年11月12日 (日)

パワーヨガ

1_10立派なりんご、北斗をいただいた。中にはたっぷり蜜が入って、こんなに美味しい北斗を食べたのは初めてという、北斗体験だった。
駒沢オリンピック公園、その中にある体育館のヨガに参加した。ヨガはきっついという印象があったのに、普通だった。横浜に住んでた頃通っていた体育館のヨガは、そういえばパワーヨガだったということに気がついた。パワーヨガがきっつかったのだ。でもきっつい分、あとで気持ち良く、じわじわと効き目があるのと同じように、じわじわと病み付きになることにも気付いた。またパワーヨガやりたい、懐かしい。

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2006年11月11日 (土)

続 浅野弥衛語録

Dscf3227Dscf3238Dscf3261Dscf3259現代美術作家、浅野弥衛を知ったのは、今から6〜7年程前。郷里の知人宅に伺った際、この展覧会を終えてすぐ亡くなられたという三重県立美術館で開催された氏の図録を見せもらいたのがきっかけでした。当時、美術館に展示されていたモノクロの抽象絵画(写真右・三重県立美術館展覧会、図録の表紙にもなっているシリーズ、田を想起させるもの)がハガキサイズくらいで10万、美術館でしばらく悩みあきらめたという知人の言葉も鮮明に憶えています。私なら無理してでも買ったかもしれない、と思いつつ、知人の話を脇目に図録の中にある世界にものすごい勢いで引き込まれていました。こんないい絵を描く、モダンな画家が鈴鹿市の神戸(かんべ)にいたなんて(没1〜2年後のこと)。
それから、もう在庫がないという県立美術館の図録をあちこち問い合わせたり、思い出した時にチェックしたりと気長に構えていたものの、今年に入ってから、東京神田の古本街の一角にある美術書店で見つけ(見つけたときは飛び上がるほど嬉しかった)、とうとう念願叶って手に入れることができたのでした。

先日三重県神戸小学校で行われた、没後10年記念、現代美術作家 「浅野弥衛展」。
母校や生家での展示という、作家の生まれた土地での回顧展は、土着性とともに風土が感じられ、そこかしこに作家の気配も感じられるような気さえして、作家を知ってまだわずかな私でも胸に込み上げるものがありました。大好きな現代美術をこんなに身近に感じることができたという喜びもあり、心に残るとてもいい展覧会だったので、いまだカタログをみては余韻に浸っています。
 
絵が素晴らしいのは言うまでもないが、やはり作家の次女である文筆家の美子さんや親族が、作家を語る思い出話がいい。
当時一枚も売れなかった時期もあった絵を、今は親族が何十倍にも、あるものは何百倍以上もの高値になってしまったものの中から、買い戻しているというのが涙ぐましい。もちろん、手の届く範囲のものでしか帰還を果たす事はできないらしく、それでも作家が生きていたら「なんでそんなお金(大金)を払って買うんとんのや」って言うだろうと親族が話されていたのが胸に込み上げてきました。
生家のアトリエ脇にある氏の御仏壇の脇に立てかけられたイーゼルに、親族の買い戻した蟹のパステル画が飾ってあったのが脳裏に焼き付いています。

「今度の個展も前の三人展も、一枚も売れず、全機無事帰還です。」
「市の清掃係には世話になっています。私は毎日本当によく絵を描きます。それで昔の絵から次々追い出さなくてはなりません。毎年清掃車に来て貰い、ごみ焼場まで捨てに行って貰ってますの。」

「日本人でなければできない、日本の文化風土から生まれた抽象を確立したい。」

「作品は 作品が語る以上のものでも以下のものでもない。」

/銀の光輝 浅野弥衛展 「浅野弥衛語録」より

トークショーの終わりに聴衆者の一人が生前の思い出を話されていた。版画作品のなかでの、有名な、卵シリーズについて、あの作品をもっと創っていただけないかとの問いかけに、
「あれのう、もう描き方忘れてしもうたのう。」とつぶやいたという逸話。これも良かった。


先日のブログにも書いた、夕日を見て感動してる弥衛、「昨日のと変わらへんやないの」とこたえる次女の美子さんに、「そんなつまらんこという人間に育てた覚えはない」という話によく似た話。

 『父は稲田の中の農道を自転車で走るのが好きだった。か細い早苗の間を初夏の風が吹き抜ける頃と、切り株の整然と、点々と並ぶ中に藁の山が所々に立つ時を好んだ。とりわけ秋は陽が落ちてからも散歩に出て行くことがあった。父の自転車の前に取り付けた腰掛けに坐って、歩行の時とは別物のように速く流れる景色の中にいることは、子供のわたしが最も嬉しかった御褒美の一つだった。その日、東の空に出たばかりの月は、夏の名残りか、橙色に潤んでいた。
─おとう、お月さん─
─そやな、お月さんが出たな─
─金魚色しとる─
─金魚色とは、よう言うた。ほんとにあれは金魚色や。お前は誰の子や─
─おとうの子─
─そうやろ。もういっぺん言うてみ。お前は誰の子や─
─おとうの子─ 
 利口だとか、賢いとかは口にしなかったし、頭を撫でるわけでもなかったが、父が心から喜んでいるのがよく解った。中略。聞き分けよく、おとなしく行儀よくしているよりもっと、父がわたしを好きになってくれる事があるのを、わたしがはっきりと意識した最初の日であった。
 父は独りで誰とも喋らずにいるのが何より嫌いだったから、子供の相手もよくしてくれた。しかし、子供に合わせるとか、子供を遊ばせるのではなく、どこまでも自分の流儀を押し通した。中略
 絵を描きながらも父は、ひっきりなしに喋った。時には無言でキャンバスに向かう時間もあったが、その前に必ず「ここはむつかしいとこやで黙るでな」と断わりを入れるのだった。父の言う、むつかしいとこ、は下地塗りの最後の一撫でか、キャンバスから紙を一息に剥がす作業にだいたい決まっていて、キャンバスを鉄筆などで引っ掻く時は、背中を向けながら話し続ける。
アトリエを出て行こうとすると「なんにも邪魔やあらへんに。居っても構わんに」という独特の引留め方をした。それは、わたしが高校生になり、父に反抗するようになってからも少しも変わらず、「ここが明るいで、ここで本読みん」とか「アトリエが一番あったかいに」「ええ絵が出来かけとる。ちょっとまあ、見てかんか」と誘った。これはわたしに対してだけでなく、殆んどすべての人に、とも言える父の態度で、夏、アトリエの窓に簾を掛けると、簾越しに、通りを行く人を呼び止めた。冬は冬で、煙草を買いに来た客にも、アトリエで暖をとっていくよう勧めたことが度々あった。
 父は大人でも、おとなでもなかった。人に構われることの大好きな子供のまま年を重ねた。幾つになっても、その日、開けたばかりの目で、人も物も見ていた。巨視的風格とは無縁であったが、微視のおかしみとやさしさは失わなかった。わたしの育て方もそうだった。わたしを形造る感情の粒子のつぶつぶに映る自分の血をいつくしんだ。
─おとう、桜はどこにあってもきれいやな。線路脇でもお墓でも─
─そうや。名所でも山の一本でも。こんな性格の花は無い。桜だけや─
─そやけど、ひまわりも、ちょっと似とる。どんな場所でも似合う─
─よう言うた。お前は誰の子や─
─おとうの子─

   /とりとめもなく 浅野美子 ひるういんどno.54(1996.7)より』

ほとんど全ての人に、アトリエに入っていくよう呼び止めたというのがなんともかわいらしい。
そういえば、母が話していたが、実家近所の壁塗りのおっちゃんが生前弥衛さん宅の土壁を塗りに行かれて、弥衛さんに「この絵、あんたどう思う?」などと普通に、よく、感想を求められたそう。

この文章、ほんとうにいいなと何回も読み返す。
しゃれたことを言うのは、お行儀よくしてるより難しいと思うのです。


*写真左上:10本の線のみで構成された作品 下:カタログ表紙にもなっている生涯手許に置いて自ら最高傑作と語った作品 /銀の光輝 浅野弥衛展カタログより 
右:三重県立美術館で行われた展覧会カタログ。


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2006年11月 7日 (火)

けんちん汁

Dscf3154今日の即席夕ご飯。郷里の海でとれたししこの塩干し焼き大根おろしかけと畑でとれたキュウリの即席漬け、冬野菜のけんちん汁、5分つき米。これに焼き海苔。こんな風に時間がないときはざざざ〜っと作ってお盆の上で食べる。
ごま油でごぼうのささがきと里芋、大根、こんにゃく、にんじん、練り物、油あげなどを炒め(この時干し昆布も入れて炒める)、塩ふって、みりん、酒、醤油、鷹の爪で味付けし、水を加えて(だし汁がある場合はだし汁)沸騰させ、かつお節をひとにぎり、ふたにぎり入れ、味噌を溶き入れ、醤油を足したり味をみる。ねぎやチンゲン菜も入れて最後に豆腐を崩しながら加える。今日は豆腐がなかったのが残念。

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2006年11月 6日 (月)

作品を所有するということ

Dscf3190私の場合、所有したくなるというのは、つくり手の作品に込められた思いを身近に置いておきたくなること。

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2006年11月 5日 (日)

家という作品

今日は建築家のご夫婦が建築設計した家が完成し、一日だけのオープン内覧に行ってきました。引っ越ししたばかりなので時間をつくることがとてもしんどかった。間にあって良かった。

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2006年11月 4日 (土)

浅野弥衛 語録

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画家の残した言葉に惹かれる。画家は画家であると同時に偉大な詩人でもあり。

「絵を寄贈した学校から絵の上下が判らん、と言ってきましたんで、どうとも好きなように、とお答えしたんですが、聞き入れて戴けません。それで、行って、きちんと懸けてきました。」

「私の作品について よく何ですのやと説明を求められますわ。好きなように見て下さいと言うてます。」

また、弥衛の次女で文筆家の故・浅野美子さんの言葉に、「父の元に、どこからともなく時々駆け込み弟子志願がちらほらいらして、その都度父はその方々の絵を見て「上手いわあ。わしより巧い。」と感心して言いました。何を見ても褒めてばかりいる父のもとを駆け込み弟子たちは知らぬ間に去って行きます。父はお世辞でも何でもなく、その方々の絵に心底感心していたのです。こうやってどこからともなく来ては去っていく駆け込み弟子たち。父としては、絵は人に習うものではない。自分の中から生みだすもの。と考えていたのだと思います。」
というようなことが書かれていて、印象的だった。
生前、美子さんの、父を見るまなざしから語られる数々は全て心に残るものだった。

没後10年、現代美術画家・浅野弥衛の世界は本日まで。

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2006年11月 3日 (金)

銀の光輝 浅野弥衛の世界

Dscf3120_1Dscf3103_2Dscf3100_2Dscf3099_3Dscf3104_1Dscf3101_2Dscf3119_4Dscf3105_3Dscf3111_1Dscf3117_3Dscf3109_3Dscf3108_1今日は日帰りで田舎に帰っていました。没後10年記念、現代美術画家・浅野弥衛展を見るためです。午後からのトークショーに参加し、本日と明日解放されている生家、アトリエも鑑賞してきました。弥衛の母校である神戸小学校の体育館に100点以上の原画が展示されていました。ひっかきの技法や田畑を抽象的にとらえた作品に装丁の仕事など、見応え充分。絵画の近くに添えられた語録。とりわけ弥衛の次女、文筆家の故・浅野美子の弥衛をとらえた語録の数々が印象的だった。中でも、「夕刻になると父の呼ぶ声がする、『奇麗な夕日がでとる、はよう来てみ』と。『なんや、昨日のと(昨日の夕日と)変わらへんやないの』とこたえる私に、『そんなつまらんこという人間に育てた覚えはない』」
細部の表現は違っているけれど、こういう内容のものだった。

また、心に残った浅野弥衛自身の語録のひとつ。
「絵が解るというのは、リンゴが描いてあるとか、バナナが描いてあると判るということでは全くありません。絵に何か感じることができるかどうか、ということです。私の作品に何も感じなかったら、それは私の作品とその方に縁が無かったか、私の勉強不足ということでしょう。」

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2006年11月 2日 (木)

つれずれ

今日は区役所に警察署に用事を済ませ、代官山にカットに行き、またもや渋谷のハンズに行ったものの、一日眠〜くて、自転車のっててもうとうとしてしまい、木材をカットしてもらっている間、スタバでドーナッツカフェして居眠りして、引き取りに行ったらまだできていなくて階段に座って寝てました。明日も明後日も朝早いからしばらく寝貯めできそうになく、思いきり泥のように寝たいというのが今の望み。

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2006年11月 1日 (水)

霜月朔日

Dscf3080今日から新しい月。霜月朔日。空が青くて抜けるようないい天気。でももう霜月だというのに、まだ朝から暑い。半袖なのでした。祐天寺の駅近でS館のSさんと打ち合わせ。このあたりの土地を守っていらっしゃる駒繋神社に朔日参拝に行って、そのあと、昨日にひき続きまたケッタ(自転車)で渋谷のハンズまで家の材料を仕入れに行った。以外に近くて15〜20分。家から渋谷に入るまでの道中、おされなお店がちらほらあって寄り道してたらきりがないし今はもの要りなので目の毒なので目に蓋してひたすら走る。ハンズで木材をカットしてもらってる間、青山ブックセンターに行った。大竹伸朗のTシャツがあって好きな紫色が目に入り、ゲット。そういえばエレベーターであの、ほぼ日刊イトイ新聞の糸井重里さんとすれ違った。声もたたずまいもあのまんま。
久しぶりの青山ブックセンターはわくわくする新刊本がたくさんあって、好奇心全開。気がついたら時間がえらい過ぎていて、これ以上観てたら切りないわ、目の毒だわと、さながら新刊二冊買ってるんるん後にした。でもまた明日もケッタ飛ばして行ってしまうかも〜。
*左が大竹伸朗 画、右がこの夏着まくった原康浩 画Tシャツ

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