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2007年4月

2007年4月26日 (木)

都会の夕べ

070425_213201_1昨日の夜の銀座はすごかった。人が道に溢れてて、中居さんやホステスや?お客さんになんたらかんたら人間とタクシーとで溢れて歩けない通りもあった。銀座の夜なんて滅多に行かないからわかんないけどいつもこうなのかな。たまたま?景気回復かと思うほど。いや〜、でも銀座ってなんであんなに歩いていて気持ちがいいんだろう。それが夜であろうと昼であろうと変わることなく。都会の素晴らしさって何?って聴かれても即答できないけど、銀座を歩くとそんなことを思う。

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2007年4月25日 (水)

そして晴れへ

070425_125904070425_125903070425_125902今日は夕方から出かけなくては。ということで久しぶりに外出で雨って嫌やわーって思ってたら、やっぱり(きっと晴れてくるだろうと予想してたから)晴れてきた。小雨の中に太陽の光が差し出した。わ〜い。久しぶりに見た太陽の光、こういうことが幸せって言うのね。そして雨の中で健気に咲く集団のマーガレット、こういう花を見つけると、体がスーッと吸い寄せられて行く。

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2007年4月24日 (火)

今日も

くもり・・・後に雨。そして今から明日もずっと雨みたい。こないだから古書をオークションやアマゾンで買いまくっています。既に15冊くらい。版画集とか児童書とか、全部安くでてるので助かります。そしてこの家に越してくる前に、本棚一本分処分して今は一つしかない本棚。その本棚もどんどん埋まって行く。これを持って三階に引っ越すのか〜と眺めています。引っ越しの準備もしつつ・・・。また余裕ができたら本を選別してリサイクルに出すつもりです。

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2007年4月23日 (月)

くもり

Dscf4223

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2007年4月20日 (金)

晴天日和

Dscf4205今日は予想に反して外は暑かった。フェルトでできたTシャツででかけたら、太陽の光を直撃で吸収して汗ばみ、急いで着替えに帰って来た。で、綿の半袖。いい天気で風も爽やかで気持ちいい。

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2007年4月19日 (木)

私たちの選択で救えるもの

Dscf4195Dscf4198今日は久しぶりに天気で嬉しい。今 イラスト連載させていただいている週刊金曜日、魚柄仁之助さんのコラムが自給率の低いわが国の情けなさを恥じ、それに対してどうやっていけばじゃあよくなるのか?って提案をされている非常に興味深い内容で、常日頃わが国の自給率に思うところがあったため、更なる真実を知ると共に悲嘆、驚いた。ずっとこの国の自給率40%に自国を守れない御上の腑甲斐無さ、日本国民としての恥ずかしさを抱いてはいたが、実際は家畜の餌が半分で、自給率は10〜20%に満たないらしい。先進国でここまで自分の国の食料を大事にしない国は例にみないらしい。国産を度外視して、溢れて捨てる程食料を輸入して外国産のものを売るのか〜〜って疑問に思いながらスーパーや八百屋で眺めては、なるべく国産のものを買う様にして一次産業を残したいと投じているつもりだけれど、このままだと日本は何もかも外国産のものでまかなわれ、日本で純正に食べ物をつくる人もやってられなくて残れないでしょう。食料不足に苛まれたことがない近代の平和ボケというか危機感のなさなんだろうな。恥ずかしい国だ。いやー恥ずかしい。でも嘆くばかりでは嫌だ。この時代に生まれてきたのだからもう進むしかない。嘆きや批判は評論家にまかせておけばいいと言っていた。そうよ、生き残れる国にこの買い物の一歩から自分が投じていけばちりつもだ。外国産なんてなんなのさ〜、そんなに食料いらないよ、地球の裏側では飢え死にしてるっていうのに。ゴッホもピカソもバーナード・リーチもフンデルドワッサーもみんな日本の文化に憧れ、取り入れようとてやってきた。見渡す限り海に囲まれ、多大な恩恵を受け文化が発達してきた、こんなに素晴らしい四季彩りと自然の中で働く労働の姿が似合う国はない。私たちの買い物のひとつひとつの選択でどうかこの国の太古より先人たちがら命がけで守って来たこの国への思いを救えるものにしてゆきたい。

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2007年4月18日 (水)

救 済

Dscf4196大学はあまり行ってなかったけど卒業年に担任になった先生がファインをやる人で、絵を買う事について触発された人でした。絵を買うことでアートに参加するとかなんかおもしろい事を言っていた。実際私が絵を買う様になったのは卒業してからで、今ではお金さえあれば展覧会ごとに買いたいくらいだけど、時々絵や版画や陶芸やオブジェや、なんでも作家の作ったものを惚れると買うようになった。その作家を残したいという応援の一票と所有したいという行為で。絵は不思議なパワーを貰う。家に持ち帰ってくると生の絵ははやり作り手の気持ちがじんわり伝わってくる。毎日違っても見える。今、とても気になるファインの作家がいて、画集を眺めてはこんなの絶対描けない、どういう境遇で育ってきたんだろうかとかいろんな事を考える。生で見れる機会もあるのだけれど、昨日、その作家の絵の事について考えてみた。こんなに気になると自分は買う確率が高いのだけど、買うか?と考えてみたら買わないということに気が付いた。すごいアートなのだけれど、その絵が自分の部屋にあるところがどうしても想像できない。その作品の中に自分がいない。自分が救済されないのだ。それは生だから印刷だからということではなかった。印刷の画集も長らくみていることがしんどくなっていた。作家は描きまくることで(まさに描きまくると言う画集)自分を救済してるのだなと伝わってくる。しかし、見ている自分は癒されない。何度でも言うけど、すごい力のあるアートなのに。作品(作り手)と鑑賞側は相性がある。そのことで考えてみたけど、私が買いたくなる作品は、やはりどんなに尖っていてもそのなかに、その作家自身に、私が感じるヘボさ(ダサさ)があるものかなと思った。

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2007年4月17日 (火)

いい顔

1_372_233_8大学時代は、ほとんど大学に行ってなくて、銀座や新宿の飲食バイト大学に通っていた。その中でいろんな人に出会って、20才の時に音楽の情報交換で盛り上がって今まで縁のある友達がいる。一番多感で夢を追って生きていた頃からの、お互いのいろんなことを知り合っている親友だな。友達と言うのは不思議で、顔も似てるのか?似てくるのか?時々姉妹みたいだねと言われたり、彼女の姉妹に私の顔がどこか似ていたりだった。彼女はあるバンドの追っかけで上京していたのでした。いいと思う音楽をカセットにいれて交換したり、ライブ一緒に行ったり。たいがい周りはB族(B型)なんだけど彼女もそう。ある箇所の性格も似ていた。いろんな違うとこがあるけど、根底にある価値観がやはり同じだから今まで続いたのです。随分と今までお世話になりました。そんな彼女から生まれた赤ちゃんがB型(旦那ももちろんB型)。たまたま私と誕生日が同じで血液型も同じなんて他人の気がしないけど、何よりいい顔してると思うんだよねえ、この子。佐藤清吾、一才。
今、連載しているふむふむというサイト中のイラストレーターのトヨクラさんの項目拝見し、泣ける。私は人生の中での転換があったこと云々より、トヨクラさんの絵の中に、もともと備わった生まれ持った覚悟(強さ)のようなものを感じていたので、現実のストーリーを知ったからといって見方は変わらないと思う。しかし、ふむふむと心にとごる。彼の絵の中にいろんなものを私なりに感じるけど、私なんかに比べ物にならないほど、孤独に強い、これはとても感じていた。ふむふむの森、いい話です。

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2007年4月16日 (月)

自然を浴びる

Dscf4187Dscf4194森林浴とはいい言葉だなあと思いながら、目前の遊歩道をてくてくと近頃は世田谷観音交差点近くまで散歩していました。自然を浴びに行くのです。木々や土のにおい、太陽のにおい、光合成のにおい、風にのったその街特有のにおいを満杯に浴びる。空のあくびや雲の昼寝を見上げながら。今日は残念、雨だからね。仕事机に向かい、ベランダから見える木々を眺めてみます。

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2007年4月15日 (日)

心を亡くさないよう

「忙しい」というのが口癖な人ほど仕事できない証拠。これは昔から私たちのまわりで流行っていた合言葉。よく周りを見渡してみましょう、デキる人ほど「忙しい」を言いません。心を亡くしてないからです。「忙しい」は聴いてても気分よくないし、自分より、家族のために毎日家事してる人、介護してる人、子育てしてる主婦やお母さんのが偉いと思うから言わないようにしてる。そういう人たちは心を亡くしてないから忙しいという言葉は使わないと思う。言霊だね。あと本当に忙しいなら言ってる暇ないし、言ってる間はまだ余裕なはずだ。そして言わなくてもわかる。「忙しい」はため息つくのと一緒で、幸せが逃げちゃうよ〜。そんなこと言わずに懸命に、コツコツもくもくやってる姿のがどんなに美しいか。そして幸せの切符、早寝早起き!これほんとやれるようになりたい。はたまた早寝早起きができない人は仕事ができない証拠とも。痛い。ほんと怠けものだわ。

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お犬さま?

Dscf4184Dscf4185昨日は気温ぐんぐん上がりで初夏の香り。散歩にもってこいの日和でしたね。散歩途中発見。よそのお宅の手入れの行き届いた風情あるお庭。奥に見えるはお犬さま?ライオンさま?お背中だけ拝見。合掌。

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2007年4月14日 (土)

自炊しない日々に後ろめたさ

070320_172803大好きな料理、全くしていない。食べる事に興味がない。絵も仕事以外描いていない。
手を動かすやる気が起きない。なんかいろんなことで頭がぱんぱんで散漫だ。
そんな中、今住んでるマンション、同じ建物の上の階。越して来た当初から上に上がれたらいいなあとの空想が本当になってしまい願ったり叶ったりで奇妙な話だが、時期的にも後ずさりせど、あれよあれよと話が進んでおり、これは上がれというありがたき天命計らいかと、どさくさに紛れて引っ越すことになりました。引越しもしなきゃいけないし、頭ぱんぱんだし。
今、探しものをしていて出会いたい人がいる。それはずっと昔からで、そのために今の仕事に就きたかったとも言える。そんなとき、頭をポカンと上から叩かれる。「目の前の事に集中しろ、必要な時に、必要な人は現れる」

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2007年4月13日 (金)

好きになること

自由に描くときは結局好きなものしか描か(け)ないのだけれど、課題を与えられる仕事の場合、そのものをまず好きにならないと描けない。人の絵を見ていると、その人が何が好きなのかがうかがえる。
村上春樹がアンダーグラウンドを書き下ろした際、一人一人に取材するときの話。インタビューする人一人一人を限られた時間のなかで無条件で好きになることがら始め、インタビューをしたというような事を言っていたのが印象的だった。

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2007年4月11日 (水)

家族

1_36先日、図書館でたまたま手にとった モンゴルの家族の写真集。びっくり。どのページみめくってもなんか他人の気がしなくて笑けてきた。こんなに太陽みたいにはちきれんばかりの美しい笑顔にはかなわないけど。思わず写メで送ろうかと思った、「あなたたち姉妹?」とよく言われる近くにいる約一名も、この中に普通にいそうだぞ。

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2007年4月10日 (火)

1_35友達になりたいと思っても友達になれない人はいて、考えてもみてなかった人と、気がついたら長い付き合いになっていたりと、人間の出会いは全て縁。縁は意識していないところでこそ、回ったりする。随分昔、読んだ何かに載っていた、吉本ばななの「無意識を上手く利用すること」という言葉を思い出す。期待しているところには何も回らない、これは宇宙の法則なんだと思う。追われれば逃げる、逃げれば追う、運命の法則は宇宙の法則。見ていても見ていないフリをし、運命を傍観する余裕が欲しい。
あと、アイデアや難解な課題をずーっと考えていると、忘れた頃に目の前にヒントが現われたり(テレビや雑誌などに)、ある瞬間閃くというのも、いつもいつもそのことを考え、忘れた時はないのだけど、追いつめない、縁(タイミング、運の流れ)に任せる、運命を自由にしてあげること、無意識のなせるわざなのか。これは潜在意識の話になるのでしょうか。
春は縁が入れ替わる季節なので、余計に縁の不思議を思います。
先日、御会いした人生の大先輩の持ち物をうっかり持ち帰ってしまった。帰り道の途中気付き、急いで返却しにいったら、ちょっとした立ち話になった。それまで込み入った話は一切しない関係だったけど、いつもは見れないような一面を見れた。人生観みたいなことをちょろっと垣間みれるような話をきけたわけだ。私のせいで帰れなくなって迷惑なはずなのに、「あなたがこうやって私の鍵を持ち帰っていったというのも何かの御縁よね」と言った。こういう場面で縁という言葉を使える大人の人って素晴らしい。奇跡みたいな確率、倍率でしか出会わない、人と人の不思議な縁のありがたみをわかっている大人の言葉。器の大きさを感じるというか。

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2007年4月 9日 (月)

空の記録

070329_173802これは3月28日の原宿から見た空。ここんとこ曇り空の東京は、こんな青い抜けた空とは縁遠いですねえ。

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2007年4月 8日 (日)

曇りつづき

Dscf4161朝から晴れたと思って、布団干したらあっと言う間に曇り空。昨日はまだピンクがかった部屋から見える桜の木さまの写真、今日はもうほとんど葉桜になっていた。こないだ世界堂に行ってひさびさに画材を調達した。紙も買った。いつも使ってる水彩紙に新しく使ってみたかった少々高嶺の水彩紙。まとめ買い。会計時びびる。問屋に裁断もしてもらい、それが今日届いた。みかん箱より大きいのひとつぶんくらい。ので、本棚を整頓して一番上の段をまるまるスペースとって、新品の裁断された紙を連ねた。なんかいい感じ。満足して終わってる。しかし、紙って高い。勿体なくて描けないって。

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2007年4月 7日 (土)

静かな休日

Dscf41482_22今日は、とっても町並みが静か。天気は晴れのち若干曇り。
昨日、夕方図書館に行ったあと、五本木交差点の近くにあるたたこ焼き屋のたこ焼きが無性に食べたくなりケッタで走る。ふと閃いて、そこからちょっと走ったところに住むまぶだちに電話したらいたのでたこ焼き持って押し掛けた。ひとしきりたこ焼きと会話を味わって帰宅。で、しばらく時間が経って、お互いあるテーマについて考えてて、意見をまた電話で述べあい交換しあう。夜中もまたひき続き、そのテーマについて考えててまたメールでやり取りし、まとめる。こんな風によく、とことんミーティングをする相方だ。見方が違うので、「なるほど」と思うこともあるし、「そういう見方もあるのか」とはっとすることもあったり、いろんな角度から見れてありがたい。
写真はこの前食べた三茶のイタリアン2店の前菜の温野菜。盛り付けがぐちゃぐちゃだけど、有機野菜が甘く美味しかった大根がポイントのものと、ビーンズやトマトなど彩りが奇麗なものと。

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2007年4月 5日 (木)

路傍のひととき

01_3201701都会の風景はコンクリベースで味気もないけど、チャリ漕ぎ途中に「!」って立ち止まることはままある。よその家の毛布やカーペット可愛いの干してあると、目がいくし。

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2007年4月 4日 (水)

桜吹雪のごとく

Dscf4145あっと言う間に散ってしまいましたね桜。そして今日は午後から激しい雨、のちにみぞれか?と思うような冷たい雨に変わる。吐息も白く真冬のような電車待ち時間のプラットホームにて、人間の一生も同じ自然で、何百、何千年と生きている桜からみたらまたあっと言う間なんだろうな〜なんて、しんみり思わせてくれる桜。

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