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2007年8月 4日 (土)

水になった村

Dscf4892Dscf4893Dscf4895Dscf4903Dscf4904Dscf4921Dscf4923Dscf4924Dscf4926Dscf4928Dscf4929昨日は東中野のポレポレ座の「水になった村」のプレ上映に伺いました。そのあとのゆるりタイムのパーティで水に沈んだ徳山村で大西監督が食べてたぼたもちを出されるというので、ぼたもちつくりのお手伝いに午後から行ってきました。この映画は今はもう地図帳から消えてしまった水に沈んでしまった岐阜県徳山村、日本一のダムができることになったカメラマンの大西暢夫監督が育った隣町、その愛おしい村が水に沈むそのぎりぎりまで自分の生きた村で生活したいとおじいちゃんおばあちゃんの暮らしを15年かけて追ったものを編集したドキュメント映画です。この日本一のダムは今年いよいよ完成されます。初めて試写会でこの映画に出会ったとき衝撃で、しばらく何も手につかないくらい、私のなかに強いものが走りました。私もこの素晴らしいドキュメント映画を広めることに協力させていただきたいと思っていたものの、上映に向けての事務所での山のような雑事があると聴いて、めっちゃ伺いたい気持ちだったんですが、目の前の大切な大阪展覧会を控えていたため、伺わせていただくことができませんでした。やっと今、伺えるようになったので、昨日はプレパーティにふるまわれる監督のお手製のあんこを包むぼたもち作り、これなら私もお役にたてるかも〜って速攻伺いました。あまりにもみんなでつくるぼたもちたち、楽しいのとその光景が奇麗だったので全部写真のせちゃいました〜。もちろん映画も二回め観てきました。やっぱりその都度、込み上げるものがって涙をこらえるシーンがいくつもありました。東京で今日から公開、岐阜、大阪、長野でも公開されるようです。是非、足を運んでみてください。私たちにとってかけがえのない宝ものが、そこにあるように私には感じられます。今日もまた徳山村から上京されたという映画のなかに出てくるおばあちゃんの監督との対談があるようなので、またまた、観に伺いたいと思っています。

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コメント

めぐちゃんが観にいってくれるってそういってくれること、私もすごく嬉しい。
このバトンをいろんな人に渡すリレーに参加したい。そうやなあブログってそういう道具になれるやんな。
私もなんとか、自然と対話して来た人たちがいなくなるかもしれない、どうしてもこの人たちが生きていたと言う証、記録を私なりに残したい、と、取材をしてみては、一人でもこのような自然に生きてるひとたちがいるってこと知ってもらえたら嬉しいなと、このブログで「海の宝石」とカテゴリーつくって郷里の海のことをかいてこれもひとつの発信にしようと試みいろいろ実験してる最中、そんな私がやりたかったことにとことん近いこの映画におもいがけず出会って、今の私に足りないこと、おそらく間違ってた意識がこの「水になった村」にはありました。ガツン!とやられたよ。人を変えようとか、啓蒙しようとかそんなことじゃだめなんだって殴られました。自然とともにこんなに楽しく生きている日々かけがえのないこと、そこに生きていた愛おしい人々の暮らしは現実にあって、その現実、ドキュメントを生きてる歓びのなかでつくる。ものをつくることの(伝える事)のあらためて勉強、さまざまなことから何からもう全て私には衝撃でした。生きている事が素晴らしいと感じられるものやと思うわ。是非みてみて。

投稿: やだ | 2007年8月 5日 (日) 01:52

そんな映画知らなかった。観に行くよ、絶対!

読んでいて思ったんだけど、やっぱり言葉とか文章で伝えることって大事やなぁ。
だって、こんな素晴らしい映画のことも、勝美ちゃんのブログを読まなきゃずっと知らないままだった。
自分のブログも1日に何人か読んでくれてる人がいるから、2人が3人になって、3人が4人になって、4人が5人になって、どんどん広まるといいね。

投稿: めぐちゃん | 2007年8月 4日 (土) 17:20

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