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2007年8月27日 (月)

青森県六ヶ所村で行われていること

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「六ヶ所村ラプソディ」を観てきました。

これは青森県の片田舎の雄大な自然が広がる六ヶ所村に、原発ではないという不可解な理由によって放射能性廃棄物の制限が取り払われ核燃料再処理工場が作られた、その工場で行われている暗黙の恐ろしい国家プロジェクト、事実を記録したドキュメント映画です。

資源活用するための核燃料再処理工場から再処理されて得られる、核兵器物質であるプルトニウムの量は、1986年4月26日に起ったチェルノブイリの原発事故で放出された量の10倍。
そして、わずか角砂糖一個分で2百万人を殺し、これが4つ5つあれば日本人類全てをわずか2秒で殺す事ができるだろうというほどのものです。
また、長崎の核爆弾1000発分に値するともいいます。北朝鮮の核実験のプルトニウムは500g、対し、被爆国であるこの日本は年間8トンものプラトニウムを生産することになる。
これは戦争よりも酷い、時間とともに徐々に蓄積される、アジア諸国、世界にも大気や海をつたう地球破滅への行いになるという。
そんな恐ろしいものが、開発が、日本の東北地方の青森で行われているのです。日本はすさまじい量の核を所有してしまったのです。

「薄められるから大丈夫、この資源は未来への現代人の希望をのせたものなのだ、安全だから」と、六ヶ所村の工場より、150mという高い煙突を経て空に向けられ、また、沖合3km、深さ44mの管から海に今、流されているという。この壮大な、大きすぎて目に入らないくらい怖いプロジェクトが開始されたのは、ほぼ今年、2007年の3月ごろという。はっきりとした日付けがわからないのは電力会社や国の圧力により伏せられているから。
そんなに安全で、未来をになう希望の産物ならどうして、すぐ近くで流さないのだ、150mも高い煙突から、3キロも離した管をとおして流す必要があるのか。しかも、日本国土の3キロなんてすぐそこ、近所のこと。三陸地方の栄養豊富なリアス式海岸をのぞむ豊かな海はどうなるんだ。


かつてこの実験を体験し、海産物が核で汚染されてしまったイギリスでは、絶対止めさせるべきだと日本に促す。海藻やわかめはとくに放射能を蓄積するが故、イギリス国民は食べる風習もない、また海産業は国の1%にすぎないからまだしも、日本は四方を海に囲まれた、魚を最も食す、世界一の漁業大国なのだからという。イギリスが食べない昆布やわかめなどの海草類は、私たち日本人にとって、自然の恵の根本をつくるあげる魚同様、宝である。3月から毎日海に流されている放射能は、海流によって千葉県にまで達するという。東京であろうが東海、近畿であろうが流れ来る海流は時間の問題だ。魚介類は放射能を濃縮して蓄積する。 確実に日本の海は汚染されていく。

そして、煙突から吐き出された放射能は、青森六ヶ所村の土地を汚染し、六ヶ所村の農民たちが渾身こめて守り作り続けてきた産物をおびやかしていく、さらに甲状腺の病気、癌はこれからどんどん増えることになるという。


チェルノブイリ原発事故被災地を撮った「アレクセイと泉」、ダムと言う開発によって水に沈んでしまう「水になった村」の映画と同じく、ふるさとを簡単に見捨てることができない人々が少数、放射能で汚染されようとも、最後まで希望を諦めずに、生まれた自分の地に残る覚悟でいる。
チェルノブイリ原発事故被災地のようにしたくない、子供たちが、自分の育ったこふるさとにいつでも帰ってこれるふるさとであり続けるようにしたいと、国からこれでダメなら5倍、それでもダメなら10倍と紙幣を積まれ、仕方ないと賛成派に口をつぐんでいく人々が圧倒的に多いなか、最後まで反対を訴えている。自分達に課せられた、運命から逃げる事をできずにいる。我が運命と、愛する土地に向き合う覚悟でいる人々の姿が強く切なく、痛く、胸に突き刺さる。


私はこの事実を何も知らずにいて、はじめて友達から聴いたときは、行き場のないやるせなさと怒り、絶望の中に、泣いた。簡単にふるさとを捨てれずに粘る現地の人々の心の痛み、これから背負っていかなくてはならない六ヶ所村の人々の運命、私たちの運命はもとより、このままだと確実に日本の海は死んでしまうことの絶望の中に。「海が死んでしまう」。もうプラトニウムが海に毎日流されている。

そんな中、辻信一さんとシンガーソングライターであり世界環境運動家のアンニャ・ライトさんの先日開かれたイベントで、アンニャさんの「環境運動をしてきて、もうダメだと、絶望のふちに何度と立ってきた」という台詞を聴いて、正直、アンニャさんでさえそうだったんだって救われた。
それでも、今世の中で起っている事、そしてこのもう逃げる事のできない温暖化のことを、私たちは向き合わなくてはならないと、言う。そう、今生きている私たちは、この真実に、向き合わなくてはならないと思う。

この真実を観ていないし知らない人たちは、そんなことあるわけないとか、ニュースでやってないし、とか、大丈夫だよと平和ボケして言う。平和ボケしている私も最近までは知らなかった。
でも知ってしまった以上、これを伝えていく義務と責任がある。そして核反対を訴える義務もある。
映画の中で言う。核問題に関しては中立(ニュートラル)は、ない。賛成か反対かのどちらかだと。
報道が隠している、この世の中で起っている、まぎれもない事実を知る事は、今、生きている私たちにしかできないこと。
「未来の子供たちの運命の行方」の鍵を握るのは、「今生きている私たち」だから。

この行き場のない怒りを、電気を少しでも使わない事で、原発反対、地球に思いを馳せている今、
知らなかった事を知ってしまった人から、一人でも多くの人に六ヶ所村で起っていることを伝達し広げていきたい。ニュースやメディアが国の圧力を恐れ、国が圧力で口封じするこの真実を、私たち市民が口づたいに伝え、今すぐとりやめさせるために、反対していくことが、この日本の未来につながる。

何故、原発はこのような片田舎につくられるのか?そして何故、今回起ったこのような恐ろしい再処理工場が青森の六ヶ所村なのか?
映画のなかで言う。それは田舎のが何か起ったとき死ぬ人数が少なくて済むからだと。
言葉を失う。
むしろそのような工場は、日本の電力の1/3を消費しているこの東京の地につくればいい。再処理が必要でそこまでして安全と言うのであれば、現代社会をつくりあげた都会によって、地域で暮らす人々が生活を自然を奪われ犠牲にさせられるのは違う。田舎にある得難い自然という財産をこれ以上犠牲にしてはならない。

遠くで起っていることは私たちと別ものではない。命はすべてつながっている。
そして、核燃料を積んだトラックは神戸、名古屋、東京を経て青森まで毎夜輸送されているという。


「アレクセイと泉」の監督、「水になった村」のプロデューサーである本橋成一氏が、「これを作った監督も、相当しつこくてね」と、以前 語られていたのが印象に残っていた。表現したり何かを訴える人にとってしつこさは不可欠な才能だと思う。国の圧力で各メディアは真実を隠し、一般映画館では放映できずにいる、私たちが知らなかったこのドキュメントを根気よく撮ってくれた監督は素晴らしい。この映画は今、日本に生きている私たちと、幼い子供たち、未来に生まれてくる命のための大切な記録。そして今、日本をはじめ、世界中の人々にこの事実を知ってもらおうと、坂本龍一をはじめアーティスト、環境運動家が広げている。地道に根気良く全国の小さなスペースで上映されていて、連日、マスメディアからでは知り得ない真実を知りたいと思う人々が駆けつける。
会場を見渡すと、実に様々な年齢層の人がいたが、大学生や若い人々が目立った。辻信一さんが言う様に、今、若い人たちの意識が変わろうとしているのだと思う。

この映画は、底なしの経済発展だけを求めたアメリカナイズされた20世紀の日本が、地球を含めた私たちの資源の使い方、暮らしのあり方について、岐路に立たされた21世紀に突入した今を問うドキュメント映画です。このまま、いつまでも電力会社から電気を買わなくてはいけない暮らしのままではいけないし、電気が普通に使える日常への価値観も自分のなかで変わった。

六ヶ所村に恐ろしい核燃料再発工場をつくらせたのは、私たちのこの電気の蓄積なのだから。
「水になった村」と同じように、真実を知る程に怖い映画です。今この日本に生きている全ての人に知ってもらうために、まず一人でも多くの人に観てもらいたいと思う。上映情報は六ヶ所村ラプソディ公式サイトで公開されます。

坂本龍一さんが世界中の人々に六ヶ所村の核燃料再処理工場の事を知ってもらおうと立ち上げたサイト
六ヶ所村ラプソディ公式サイト
再処理工場についての説明冊子『ガッテン「再処理」ハンドブック』(グリーン・アクション)

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