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2007年9月

2007年9月30日 (日)

2007年 長月さま最終日

Dscf5372Dscf5275長月最終日は肌寒い雨。今日の部屋の気温は、一昨日より15度も低い21度です。フリース羽織ってぶるぶる(冷え性なので震える)です。お母さんである地球の痛みが伝わってきて、心が傷みます。環境問題は想像力につきます。どうしたらお母さんが喜んでくれるのか。そして行動あるのみ。一滴一滴の行動の蓄積、ちりつもです。

ごはんの準備、あと 片口鰯の焼き魚。ぶどうはこのマンションの2階の方からいただいたもの。 とても美味しくいただきました、ありがとうございます。ごちそうさまでした。

明日から神無月(かんなづき)ですね。島根の出雲大社に一年に一度、全国の神様が寄り合ってミーティングの日。神社に行っても神様がいないというわけではなく、通じているらしい。つうわけで、明日は朔日。朔日と15日は毎月、神様の御供物を取り替え、産土神様にお参りに行く日です。自宅にある神棚のお米、塩、御神酒をとりかえ、榊も取り替えるために買いにいってきました。宗教無所属ですが、神道は好きで朝晩、お参りしています。この狭い部屋のなかにも手作りの神棚があります。

「たかあまはらにかむずまります かむろぎ かむろみのみこともちて すめみおやかむいざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちばなのおどのあわぎはらに みそぎはらいたまひしときにあれませるはらいどのおおかみたち もろもろのまがことつみけがれをはらへたまへ きよめたまへともうすことのよしを あまつかみ くにつかみ やおよろずのかみたちともにきこしめせとかしこみかしこみもうす 」みそぎの祓で、神道の祝詞の基本中の基本。この祝詞は全国の神様に参拝する前に唱える身を祓う祝詞で神主さんが神社で唱えています。毎日唱えていれば目をつむっても言えるようになります。

この最後の「かしこみかしこみもうす」が唱えているととても心地よいです。かしこみまおす ともいいます。

神社に行って、水で手を洗い、口をすすぐのと同じ様に、そのあとに、自分の身を浄めるためにこの祝詞を唱え、そのあとむにゃむにゃ日頃の感謝をのべ、もしお願いごとをするとして(本当は感謝だけして、願い事はしないほうがいいらしいのだけれど)、感謝と願い事を神様に届けるための最後の祝詞があります。
太祝詞というものです。「ほくしんあまのまひとつ ふつぬし たけみかつち はーやー いざなぎおおみかみ いざなみおおみかみ しほこほ ろこほろ みあれませ あまてらすおみかみ つきよみおおみかみ すさのほおほみかみ 海 山 川 野 草 木 鳥 獣 這虫 雨 風 雪 霰(うみやまかわぬくさきとりけものはうむしあめかぜゆきあられ) いかつちふるいないふるおおみかみ くにぐにのくにたまおほみかみ うぶすなおほみかみ あらあはかみくに」 

日本には昔から言霊とういものがあり、言葉には霊が宿っているというもの。祝詞は意味はわからなくても声を出して唱えるだけでいいらしい。

この太祝詞(ふとのりと)は覚えようと思って、毎日毎日唱えました。今では暗記して目をつむっても言えるようになりました。
神社に行っても唱えます、とくに産土神社(自分の住む土地を守ってくださる神様=うぶすなのじんじゃ)への感謝祝詞らしいです。

神道の祝詞には実にさまざまな祝詞があります。上記のみそぎの祓はあらゆる参拝の一番最初、自身の身を浄める祝詞、そして唱えことばをを届ける最後の太祝詞(ふとのりと)。その他にも様々。これを、自然を神と仰ぎ畏敬を抱き、山や海で働く人は、神主さんにゆだね、唱えてもらってきました。これは限られた宗教ではないのです、日本人の精神なのです。これを信仰心といいます。つとに、自然のなかに身を置き働く人々は、この信仰心が厚いのです。

海(わだつみ)の神に捧ぐ、海神祓(わだつみのはらい)と船に魂を入れるときの祝詞、船玉祓(ふなたまのはらい)もあります。
大阪の住吉大社は海の神様の神社です。去年はじめて参拝した。祝詞をぎこちなく唱える。海祓詞はとても長いのでなかなか暗記できるようなやさしいものではありません。この祝詞を暗記し、目をつむっても言えるようになって参拝できたらいいなと思いますが、とてもとても長くて教科書くらい長く難しいものです。神主さんでさえ祝詞をみながら唱えています。

神道を勉強しています。神道は我が日本人の心。
八百の神の国、この日本国の、自然を神と仰いだ私たちの祖先の心がある。その心を受け継ぎたいのです。

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2007年9月29日 (土)

うまい料理は冷めてからもうまい

Dscf5292Dscf5293昨日は神保町の仕事用事前、銀座にある落合務さんの二号店、ラ・ベットラビスにランチに行った。もちろん朝一番に行って、予約受付し、オープン時間になったら整理番号順に入店という、2002年にオープンといえど今だにかような人気ぶりのお店に久しぶりにこのようなかたちで並ぶ。

情熱大陸にて、庄内(山形)にあるアル・ケチャーノの奇蹟のテーブルにつき、奥田政行さんを絶賛していた、落合務さんの一言一句が心に深く残っていて、来月、その奇蹟のテーブル、アル・ケッチャーノに伺うため、急遽ランチをいただきに走ったのでした。

「うまい料理は冷めてからもうまい」が持論の落合さん。
私のHPに郷里の無農薬有機栽培のコシヒカリ紹介させていただいているが、まさに、「美味しいお米は冷めてからも美味しい」が売り文句でした。なので、この言葉を聞いて感動。
それは全てに当てはまる、ものごとの真理で、料理や素材に限らずなのかもしれないと思った。

落合務さんの料理は流石でした。料理人の顔をみるとそ、その料理人がどのような盛り付けするのかがわかる、作品(料理)は料理人そのものと言う。3ヶ月待ちの高級リストランテ、麻布にあるア○マフレスカより、料理、質、サービス、全てにおいて断然満足感がありました。落合務 曰く、料理には全てに意味が在る、自身のあみだしたその哲学通り、素晴らしいものでした。
今度は本店のディナーに伺いたいと思いました。

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僕のあとをよろしく

オーラの泉に出演した際、江原さんに「僕のあとをよろしく」といわれた須藤元気。

最近執筆活動が盛ん。とかく出費がかさむ数カ月、ひとまず図書館を利用。なんと3ケタの予約待ち。他の作品も予約すれど、来年にならないと回ってこないような待ち人数。なので、買わぬば今読めないようだ。どうしようかなあ、今月は本を買い過ぎた。埋まりゆく目の前の本棚を眺めつつ思いかねて昨晩リサイクルに出す本を100冊ほど選抜した。こうやって半年に一度選別して大幅にリサイクルに出す。もともと読書、本が好きなため放っておくと本で家のなかが埋まってしまう。本棚はガラガラのがいい、というのがここ何年かの私の持論になった。

何年も開かない本で本棚を埋めるより、きれいな空気を通すほうがいい。職業柄持っていなくてはならないような画集も資料も他の人に比べたら私は希有なくらい本の数が少ないと思う。

とにかく須藤元気の本を買わなければ、今は読めないということでちょっと迷っている。
おそらく買いそうだわ。須藤さん応援したいし。

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2007年9月28日 (金)

すべて、私にはちょうどいい

01今月のお菓子連載、お題目は福島県名物「あわまんじゅう」です。

今生のシナリオを自ら書き、この世に生まれおちてきたという。どの国で生まれるのか、女性と男性どちらにするのか、どんな顔と体で、どのような両親と姉妹兄弟を選び、誰といつどこで出会い、別れ、今回のテーマを設定し、いつ死ぬ(あがる)かまで自分で決めてくる。

確かに、これは私が今生決めてきた、選んで来たと実感する時がある。目の前にいるあなたと出会えてありがとう、あなたが私にはちょうどいい、この環境は私にはちょうどいい、この家は私にはちょうどいい、目の前にある試練は幸せは喜びは私にちょうどいい、死ぬにはいついつがちょうどいい。

お釈迦さまの「ちょうどいい」口癖をまねてみる。ちょうどいい以上に家族やまわりにいる人々が私には勿体なすぎる、と感じることが多い。不満に思う事があったとしたら、それこそ私にはちょうどいいということだろう。ありがとうありがとうありがとう。

密かにファン、須藤元気を真似て「ありがとう」の行、はじめてみよう。カウンターゲットして年令掛ける1万回「ありがとう」でどんな奇蹟おきるのかやってみましょうじゃないの。39万回、けった乗りながら、買い物のあと、挨拶かわしたあと、電話きったあとに。

あの店員の態度に一瞬ムカつけど、たんたんと、もくもくと、ひたすらに、「ありがとう ありがとうありがとうありがとうありがとう!!!息ができてここに生きていられてありがとう、あなたと出会えてありがとう、毎日おいしいごはんが食べれて、手足が動いて、元気に働けれることにありがとう、ここに住わせてもらえて、絵を描かせてもらえることにありがとう!このような私にでも仕事をくださる方々に本当にありがとうございます、この煩悩に、欲望にさえ、日々味わえることへありがとう。またこうして生まれてこれたことに、ありがとう。今生のリベンジにありがとう。このブログを観てくれてるあなたに思いきり、あがとうありがとうありがとう!!!」さあ今日からカウント。

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2007年9月27日 (木)

山手線一周

Dscf5267Dscf5269写真は鈴鹿の桃林寺の裏山に蘇生されてた、きのこさま。
昨日はけった(自転車)ではなく電車を利用。恵比寿からJR山手線で駒込に向かう。先週からの寝不足がたたり、とうとう道中立ったままでも船漕ぎ出す始末。帰りも深く船漕ぎし、気付いたら恵比寿を通りこし、目黒に。もうこのまま眠ってしまえと10年以上ぶりに山手線 爆眠周遊(一周)する。途中携帯が鳴り、何度か目覚める。思ったより一周は短くて、あっという間に恵比寿。しかし楽しかった。幸せだった。

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2007年9月26日 (水)

一元屋のきんつば

070925_185102070925_190001いつも、かのちゃんからいただいている日本一うまい麹町にある一元屋のきんつば。昨日麹町にでかけ、打ち合わせ前にかけこんだ。夜7時前。注文のきんつばを包装してくれている店主にたずねる。「ここ、何時までやってるんですか?。」 店主「6時半までだよ」 私「え〜、もう閉まってる時間じゃないですか〜。すみませんー。」 店主「あなたがくるのを待っていたんだよ(満面の笑み)」 私「ありゃ〜。まあ。大将ってば鼻が効きますねえ〜 (イイ女に。満面の笑み)私もウマイもんには人一倍鼻効きますがねえ♪」 なんて楽しげな会話のキャッチボールひとしきり。一流の味を出す店は、サービスも一流。

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2007年9月25日 (火)

命をいただく

Dscf5281実家の畑から持ち返って来た野菜たち、とりあえず下処理してどさっとお皿にうつす。かつおぶしやすりごま、しょうが、醤油で味付けし食す。でらうま〜〜〜!

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2007年9月24日 (月)

「人事尽くして、天命を待つ」

Dscf5252
それ以上望むな、足りたるを知れともう一人の自分がいう

いくつも手にいれることはできないらしい

全てを手にいれる人がいる、ほんのひとにぎり、
しかし、短命

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追い掛けたら逃げる

観て観ぬふり

座右の銘は、「人事尽くして、天命を待つ」

やるだけやったら

あとは神様におまかせする

流れに身を委ねる なるようにしかならない

自分が選んだ

すべてはつながっている 

祈りは自分のなかにある

味あわん

ぜんぶ、ありがとう


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2007年9月23日 (日)

美味礼賛・海の宝石、伊勢湾の渡り蟹

Dscf5231Dscf5232Dscf5233父が、隣街、伊勢若松で蟹漁をしている親友の漁師仲間のおっちゃんに蟹をぎょうさんもらってきました。ピチピチ元気良く飛び跳ねた渡り蟹たち。もうこの蟹たちの美味なることといったら、10年くらいこんな獲れたての生きた美味しい蟹、食べてなかったから体がびっくりして飛び上がりました。とろけるような身の柔らかさと甘さ、天然の海の幸の「幸」を痛感する瞬間でした。伊勢湾の魚介類の美味しいさは、一級河川、木曽三川、山から流れる川のミネラルでいい具合にうまくなった潮流によりますが、ここの魚や魚介類を食べたら他の魚たちが食べられないという人もいます。私も生まれてからずっとこの海の幸で育ってきましたが、この魚介類以上の感動を東京で体感したことがありません。ほんっとに久しぶりに全身全霊で感動した。

来月、念願(日本で一番伺ってみたかったレストラン)の、山形県は庄内にあるアル・ケッチャーノにお伺いします。庄内で精魂込めた生産者たちによって育てられた輝く食材たちを、食材がもっとも喜ぶかたちで料理する天才シェフ、奥田政行シェフのお店。嬉しくて「奇蹟のテーブル」を読み返している。庄内の食を世界の人々に知ってもらいたいと、自らが庄内の食材の伝道師となって、生産者たちの想いを、料理することで人々に伝える料理人、奥田政行さん。この奇蹟のテーブルを読みながら、郷里の伊勢湾の海の幸、山の幸を私も世の人々に知ってもらいたいと思いました。

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2007年9月22日 (土)

桃林寺の精進料理

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猿田彦さんをおまつりされてる鈴鹿の椿神社の近くに、七福神の毘沙門天さんがおまつりされている桃林寺というお寺があって、以前、母と、七福神巡りをしたとき、精進料理を食べられることを知り、今回行ってきました。このお寺の造りも素晴らしく、庭もよく手入れがされており、そこらかしこが素晴らしい日本の景観で溜息がでます。日本人で良かった。こんな素晴らしいお寺さんに出会えたこと、御縁をいただけたこと、桃林寺の毘沙門天さまに感謝です。

街、自然観察・食、暮らし | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

安養寺の曾我蕭白画伯 達磨絵図

Dscf51901Dscf5191Dscf5193畑仕事していた母が、思い立ったように、近所にあるお寺にある曾我蕭白の達磨絵を観につれていってくれると言い出した。お寺に電話して、支度する。檀家さんが親切に出迎えてくれ、お話してくれた。これは曾我蕭白が京都から画業の修行の途中、このお寺に泊まったとき、宿代として描いたものらしい。もう、すごすぎて、私はその場でひれ伏した。その上に、棟方志向の版画があったが、それより迫力があった。 こんな線は何百回生まれ変わる輪廻転生繰り返しても描けないだろう。NHKで曾我蕭白特集をする際、佐野史郎も来て、いたく感動していたらしい。こんな素晴らしい絵があるお寺が近所にあるなんて知らなかった。とても嬉しい。お茶のおもてなしをうけ、檀家さんが京都で修行していた頃の話をうかがい、最後に中程にある石庭の水の音を竹筒で聞かせてくださりました。「わび、さびですね」っていったら、「そうや、よう知っとるのぉ」ですって。愛嬌のあるかわいらしい檀家さんでした。いいお寺さんでした。帰省したらちょくちょくお参りに伺いたいと思いました。


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2007年9月20日 (木)

お彼岸

Dscf5202_2Dscf5205_2Dscf5206_2Dscf5207_2Dscf5208_219日の早朝、新幹線で大阪に向いました。いとへんに高田竹弥さんの展覧会を観に行った。一井由美さんにつき合ってもらい、由美さんの弟さんのお店で早めのランチをいただく。由美さんにはいつも大阪に行ったときはつき合ってもらっている。でもって、いつも私の話をいっぱい聞いてくれる。ちょっぴりお姉さんで、とても広がりのあるふくよかな内面をもつ由美さんは、スポンジみたいに私のなかのとごりを吸収してくる。由美さんに話すとポロポロ涙が流れてくる。この数日で私は、何年分もの涙を流したように思う。道を歩きながら、部屋から空を眺めては、樹や葉っぱが風に吹かれる姿を観ては、絵を描いていても、とめどなく涙があふれてくる。こんなに体のどこから涙がくるのか不思議なくらいに。どんどんなかにあるものが剥がれてしまえばいいと思う。これは、前に進むための涙。もっとたくさん、こうやって普段から泣けばいいんだ。
このように自然に泣かせてくれる由美さんにはいつも感謝している。
夕方近く、いとへんに着き、高田さんの作品を眺めながらお茶をひとしきり楽しむ。

そのあと三重県に向かう。次の日、お彼岸のお参りに行く。漁師で無類の酒飲みのだった乙七じいちゃんのお墓に、湯飲みと墓石に、墓石のまわりにと、「じいちゃん、腹いっぱい飲みなえ」ってたくさんの日本酒をかけて参ってきた。乙七じいちゃんは私が生まれる前に亡くなっていて、私は会ったことがない。漁師で酒飲みで、無口で頑固な昔のおじいさんって感じで、とかく酒が大好きだったらしい。会ったことないけど、いつも身近にじいちゃんを感じていて、ずっと生きていたじいちゃんばあちゃんより強く感じるからきっと縁が深いのだろうと思う。

久しぶりに而今禾にも行く。離れの家が完成していてお邪魔した。犬のいちご(雄)が家族の一員になっていた。この離れから見える黄色い小屋のかわいらしいこと。西川さんは「もうはよう80才くらいになってなんも働かんでもええようになりたいわ。」と相変わらず若いのに初老みたいな事をいい、笑えた。恭子さんは、「犬ってこんなにかわいいもんやとは思わんだわ」ってチョコレートアイスをくれながら二人で食べながら話してくれた。この犬のいちごが名前が忘れたけど優秀な犬でお行儀がいいらしい。けど、私をすぐ見抜いて、終始、めっちゃジャンプしてペロペロ舐めてきて、ひとしきり好奇心の的で、そして終いにはこんなもんかと私に飽きたらしく見向きもしなくなって、そっぽ向いていた。可愛らしい好奇心とテンションが夢乃ちゃんにも似てるように思えた。

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2007年9月19日 (水)

なすがまま、きゅうりがぱぱ

Dscf5164これがアップされてる頃は東京にいないのですが、最近時間指定アップの予約日記を書いています。

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2007年9月18日 (火)

ピンクの雲

Dscf5180昨日は、イラストレーターの中川貴雄くんのペーターズギャラリー大賞展を、中村晃大君と観に行って、帰り原宿のはずれ表参道の入り口でご飯を食べる。もっぱら血液型談義。やっぱさ B型はサイコーやね、あほやね、振り回してごめんねぇ〜って。途中、懐かしい エゴラッピンが流れ、続けざまに森山直太朗の歌が流れ、この人いかにもBっぽいよねえって調べたらやっぱBだったりして。帰りさっそくTSUTAYAで森山直太朗を借りてる途中、ゾクッとする聞き逃せない音が流れる。つかさず、これ誰ですかって店員に聴く。ミッシェルガンエレファントのチバさんが新しく立ち上げた「The Birthday」というバンドだった。相変わらず尖ってて、すんごくセンスがいい。このテンションでセンスで走り続けながら、時代を掴む感性って相当なものだと思った。

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2007年9月17日 (月)

運 命

Dscf5178これは昨日の夕暮れ写真。矢野顕子の恋は桃色、「ここがどこなのか、どうでもいいことさ どうやってきたのか忘れられるかな?」を何回も聴く。
人生は常に選択で運命は自分で決めている、とは使い古されたほどによくいわれることば。人生は常に出会いと別れの繰り返し、それは数えきれないくらい繰り返される連鎖の海のようなもので。そして本当は出会いというのはどんな些細なことでも、当たり前のように繰り返される凡庸な日常のなかでは、ここに生きていられることと同じくらい奇蹟で、すごいことなんだということを忘れてしまいがちだ。
365日繰り返される出会いの奇蹟と、目の前にはだかる道という奇蹟の選択を悔いた事はなかった。
けど、私はとんでもない選択をしてしまったのではないかと、先日、ある人を介して知ってしまった事実のなかで、反芻した。もう15年にも前になることの、今思い返しても自分にとってそれはとても大きな意味のある出会いで(それは本当は知っていて、でもずっと心の奥に蓋してあった)とんでもない選択の過ちをしてしまったのかもしれないと、今生まれてはじめて、「後悔」という痛みを味わった。
運命って自分が決めていることを、あらためて思った。もう二度と人生はやりなおしがきかない、そんな当たり前のことをはじめて知って、なぜだかわからない涙をほんとうにたくさん流した。ずっと見ずに逃げて来たもの、封印していたそれを、浄化したかったのだと思う。

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2007年9月16日 (日)

ちっちゃい人間

Dscf51761才半くらいの赤ちゃんたちが言葉ではない会話を飛びかわせてコロコロ遊んでいる広場にお邪魔しました。このちっちゃい人間たち、とてもかわいい。この、人一倍人見知りで繊細ちっくなSくんに目がはなせずマークしていました。

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2007年9月15日 (土)

頑固な人

070810_183601何が苦手って「頑固」ほど苦手なものはない。変わらないことが一番疲れる。自分は頑固ではないと自負している(いた。)が、「頑固ですよ、あなた」って断言された。それも絶大なる信用をよせている人間に。

私は偏屈かもしれないけど、頑固ではないですよ。コロコロ変わり(れ)ますよ。

「偏屈ではありませんよ。 決めるまでに時間がかかるけど、一度 決めたらテコでも動かないですよね、あなた」
ぎょーーー。まじ?人間に対して一番苦手なものを自分のなかに持っていた、ってことになる。ほんとですか。

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2007年9月14日 (金)

はしもっちゃんちのさくらさん

20070829221903はしもっちゃんはほんまやさしいよね。ってゆみさんとしきりに話していた。これは、そのはしもっちゃんちの実家のさくらさんらしい。つうか、はしもっちゃんにくりそつ。目がきれいで。この犬(さくらさん)もやさしいのかな。
弱いけど 強くなろうとしている人間、そういう生きものにはやっぱり心惹かれる。

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2007年9月13日 (木)

大飴日和

02一昨日は、これでもかっていうくらいの洪水をかぶり帰宅。昨日も夜半から空に雨が有り余ってるがごとくザーザー降りだったのに夕方、日射しが。真っ赤な夕焼け空。明日からまたしばらく雨模様になりそう。
同じく返ってきた連載イラスト原画。素材は同じでねじってない、まめ飴。

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2007年9月12日 (水)

昨日は豪雨に遭遇

01_2先日描いた、お菓子の連載の原画が返ってきました。ねじり飴です。

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2007年9月11日 (火)

観 察 力

070823_143801とりあえず、目の前のモチーフを好きになることから始める。いいところを見つけて描く。

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2007年9月10日 (月)

美術は日常の中に隠れている by 大竹伸朗

070903_155501
昨日の情熱大陸。「大竹伸朗」。
オープニングから大大大画面にホウキで絵を描いている。なんて気持よさそう。「小さく描いてちゃだめだよねえ、気持も小さくなっちゃう、今にも小銭集めだしそうにさ」だって。置き場所ないしって、描いてちゃだめなんだろうなぁ。あとは画面の大小に関わらず、見逃しがちな日常のなかに隠れているスケール感とか。

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2007年9月 9日 (日)

お酒がなくても盛り上がれる年令

070907_195802こないだ電車にのってるとき、10代はお酒がなくても盛り上がれる年令なんだからという台詞があって「ほ〜う」って思った。
でもまてよ、30代も40代も50代でもいくつでも、きっとお酒なくても盛り上がれるひとはたくさんいるだろうな。飲めない人もいるくらいだし。とも思った。
何かに向かってる人や夢中な人とか。
先日は久しぶりに国立にある新鮮な魚と創作手料理が美味しい居酒屋さんに伺ってきました。個人でがんばってるお店だし協力したいと思うんだけど、なかなか遠くなってしまい残念です。が、国立に行くチャンスがあるときは寄りたいなと思う。またまた今日を逃すともう今年は行けないだろうなと、急遽 時間をつくって強行した。

私は普段はお酒をほとんど飲まない。とはいえ父も弟も親族も無類の酒好きでそういう血もひいてるから飲んべえたちと飲んでるといつまでもつき合える。時々、素敵なワインや焼酎や日本酒をいただくが、手つかずで何年も眠っているのもあり、人がいるときに出すお酒になっている。最終的には料理にも使います。家で一人でいるときにお酒を飲んだことがないし、飲みたいとも思わないってことは、もともとお酒の味が好きじゃないのかなって思う。

飲まなくても生きていけるけど、でも酒好きな人と年に一度か二度こうやってお酒を楽しみ飲むのはいいものですね。お酒を飲む人々の雰囲気が好きなんだろうな。

あと飲まないくせに、美味しそうなワインを買い置きするのが好き。ついでに料理につかうお酒は純粋な日本酒、いいやつに限る。飲んでも美味しいもの。人がきたとき料理と一緒にだすとき用のそれぞれ。人がいてもほとんどお酒なしの食事のが多いんだけど。


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2007年9月 8日 (土)

つれずれ

30昨日は夕方外出するまでに上げるべき仕事を、ものすごい集中力でスピードでかたずけていった。こんなに集中したのはどれくらい?いや今年で一番集中したかもってくらい、ラフから本番から、やりなおし打ち合わせからまたラフ提出、原稿よんでラフ描いてと、あれよあれよと仕上げていきました。途中、活字の原稿も1本書いて。全部やったぞ〜。やっぱ限られた時間のなかでやらなくてはならないと圧力かけると、底力が湧いて、できるもんなんだ〜と感心しつつ。そして予定どうり時間通り約束の地に到着〜。本日の自分の仕事っぷりは素晴らしい〜なんて(自賛)。
その反動で、今日はかなりのろまにくつろいだ。今から明日締切りの連載を仕上げなくば〜。でもって、明日は朝から出かけるので、今日中に作品フアイルつくらぬばならんやつがある。全然スローじゃないっていう。

写真は、こないだ見つかった懐かしい写真。色合いが気に入ってる。国立に住んでいたころの家の骨董机でつくったお皿で、誰か(覚えていない)とスローなお茶タイムしているところ。

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2007年9月 7日 (金)

浜の近くになる無花果

Dscf5092昨晩から明け方にかけて台風9号のおいでで強風に窓が音鳴ってました。ベランダにだしてあるでかい鉢植えのオモトが強風で落下していたらどうしよう、と思いつつ、窓を開ける余地もないくらいの暴風でした。やがて無事なオモトを早朝確認して胸を撫で下ろす。この台風で海の中がひっかき回されて良かったのではないかと思う。海の底は合成洗剤が含まれた工場や一般家庭からの生活排水の蓄積がヘドロとなって、大変な事になってるらしい。
日本の内湾のような湾口の小さく、外湾との水が入れ代わりにくいところはとくにヘドロでの蓄積が深刻で、台風がくると多少海底がひっかきまわされて有り難い自然の循環だ。

川や田畑や海に、合成洗剤を流してはいけません。
戦前はみな、自然に還る石けんだったのです。
戦後、高度成長期に、金儲けに走った企業が毒物を入れて合成洗剤をつくってしまったのです。いくら汚れが落ちるからって(ほんとうは汚れは水だけでも落ちる)、なんでもかんでも自然に捨てるようになった人間は、もはや自浄作用のあった無言の自然がその力をなくし、自分で癒すことができないまでにしてしまったのです。
更に、合成洗剤に含まれる化学物質は肌着、服など、着るものに残留してるため(いくら水で洗っても合成化学物質は落ちません)、否応なしに皮膚を通過して体内に入ってきます。体内に蓄積され、アトピーやぜんそく、癌のもとをつくるといいます。川をつたい田畑や海に捨てられた毒物(合成洗剤)たちは、お米となり、野菜となり、魚となり、自分達の口に返ってくる。結局、人間は自然=自分を破壊していっています。

私たちは、もっと自然の痛みを、自分の痛みとして想像しなくてはならない。今こそ、ほんとうに想像力(イメージする力)が必要な時代です。

写真は実家の浜の近くの畑で、母が育ててる無花果。これがまた農薬の味がしなくて旨い。やっぱり農薬のかかった食べ物とそうでないものはわかる。農薬で育ってない食べ物は、いびつでも、土の味、やさしい味がする。

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2007年9月 6日 (木)

「若い人たちへのメッセージ」

1954年3月1日、静岡県、焼津港から出港したマグロ漁の漁師23人を乗せた第五福竜丸が、アメリカの水爆実験爆発により死の灰をかぶった悲劇 ビキニ事件は、日米友好の亀裂を危惧した政府によって報道規制が敷かれ、「これは終わった、解決済み」と早々に終止符をうたれ闇に伏されたそうです。広島、長崎の原爆の1000発分もの放射能が放たれたこの歴史的な大惨事を、忘れてはいけない後世に語り継ぐものとし、先日閉鎖された旧焼津港のイベントでも、当時の焼津港で水爆した福竜丸を待っていたという漁師の祖父をもつ若い人々が発信し、未来に残したいものを形にしようとする若い学生の、思いのこもったメールを拝見した。

港についた漁師達は、「核のまぐろなんて持ってきやがって!!」と、当時すごい言われ方をされ、避難に差別を受け、50年間いい知れようのない心の奥の暗闇を背負って生き続けてきたといいます。


この事件を語り継ぐことを使命とされている福竜丸に乗っていた大石又七さんも、東京にまでこれば世間の目やさまざまなトラウマから解放されると陸(おか)にあがってクリーニング店を紹介で営むようになったものの、当時被爆した漁師達は世間からの差別や攻撃に口をつぐんでしまった中、核兵器が廃絶される日まで第五福竜丸の悲劇を語り続けてほしいとの熱心な人々の声に、トラウマをかかえながらも全国で公演や、著書本のなかでその悲劇を語り続けられています。
被爆によって亡くなった漁師達の分まで。

半分は亡くなったその理由は、全員が放射能による癌。しかし政府からはそれは核とは関係ないと相手にされなかったという。病院のベットの上で、苦しみにあえぎ痛みに半狂乱になって死にいく漁師仲間を観ては、次は、俺の番かもしれないと、各々、死の恐怖を背負って生きて、次々に亡くなって行った乗組員の話、その過程で在った差別の話もリアルに描かれ、アメリカと日本政府が交わしたマスコミには知らされていない闇のなかの書面のコピーややりとりも事細かに描かれています。真実を伝えるために書かれている。
大石さんの重みのある言葉の本を連日読んでいました。そのなかに、去年にこれはやはり語り継ぐためにと出されたもの「ビキニ事件にの表と裏」かもがわ出版 文面の中の最後のほう。核兵器断絶の講演のときにもスピーチされたもの、後世に伝えたい大石さんからのメッセージとして載せられていました。私も強く胸を打たれた。
何回も今後読み、語り継いでいきたい。

中国の孫子もドイツのカントも同じ思想、同じことを言っていると讃えられたという、素晴らしいメッセージ。


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誰もが望む「平和な世界」を、万物の霊長などと偉そうに言う人間が、どうして何千年、何万年という長い年月を費やしながら、実現することができないのでしょう。それどころか、人間はここにきて水素爆弾という恐ろしい核兵器まで作り出してしまいました。それを、軍隊という人殺しの集団が持っています。

一発で何百万という人間を一度に殺す、世界でも最強の兵器です。相手が持てばこちらも持たなければ殺られてしまう。当然各国は持とうと必死です。
すでにアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、オアキスタン、イスラエルなどが、三万発とも言われる核兵器を手にして土の中や、海の中に隠し、ぼたん一つで相手の国に打ちう込めるように照準を会わせています。
海の中を徘徊している原子力船などには、広島型原爆の数十倍もの威力をもつ核爆弾が10基も20基も積まれていると言います。一方では小型化された劣化ウラン弾などが湾岸戦争やアフガン、イラクで一般市民を殺傷しながら放射能をまき散らしています。世界はいよいよ恐怖の泥沼に入ってきました。
これらをただ、黙って見つめているだけでいいのでしょうか、ほかに道はないのでしょうか。
いや一つだけあります。「軍隊をなくせばいいのです」各国も日本の憲法九条が謳っているように軍隊をなくせば、核兵器も戦争もなくすことができます。
世界につながっているインターネットで、若者たちが手をつなぎ、ゆがんでしまったこの常識を変え、新しい世界を作ろう。テロが生まれてこないよう富の配分なども行い、世界を大きく進化させよう。それぞれの国には警察と被害救助隊がれば十分です。そして国連には世界を統括する政府を作り、強力な地球防衛隊が世界を守ればいい。
このようなシステムを作り出す人こそ、ノーベル平和賞を与えたい。
時間はかかるかもしれない、困難な道かもしれない。しかし、これこそが、「人類の求めなければならない究極の目標」だと思います。

かつて日本は、強力な軍隊で大日本帝国を作り、世界を相手に戦争をしました。そして二千万にも及ぶ近隣諸国の人々を殺してきました。だが戦争には破れ、無条件降伏で命だけは助けられました。
そして軍隊をもたない平和憲法を産み出し、廃墟の中から国民が一丸となって経済大国を築くことができました。世界にも大きく貢献してきました。
戦争は人を殺すことなのです。欲張りの野蛮人が持つ思想です。恨みだけを作り、何の益も生まれてきません。

争いの絶えない世界も今、軍隊と核兵器、そして戦争をなくすときがきていると思います。
軍隊や戦争が浪費する超膨大な資金(世界の軍事費、年間約一兆二○○○億ドル)を「貧困や教育、友好」に使えば世界は変わります。変えなければいけないのです。そんなことができるわけがないと言って、悪化の一途を黙認し、恐ろしい核兵器も容認して巻き込まれて自滅するか、目覚めるかは指導者ではありません、私たちなのです。


ビキニ被爆者・元第五福竜丸乗組員 大石又七

「ビキニ事件の表と裏」大石又七著 かもがわ出版 より

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2007年9月 5日 (水)

日々つれずれ

070904_154201070905_142702今日も午前中仕事ノルマを終わらせて、午後から「水になった村」のお手伝いに。あと何回伺えるかな。
お昼のまかないはカメラマンや宣伝広報など事務所のスタッフの人がつくってくれます。このごはんがまた、んま〜〜〜い!自然農法をやってる農家の人からの差し入れの野菜を織りまぜて炒めたり煮たり、お浸しに。で、みんなで囲んでいただく。今日は広報の、きさらちゃんお手製。「きさら」だなんて音がきれいな名前。どういう祈りがあるのかと尋ねたら、2月(如月)に生まれたからだという。きさらちゃんの髪の毛は下にあるカフェのスタッフによって切ってもらったというモンチッチ型 超ベリーショートで、顔が前面にでている。こんな髪型が似合う人はそうそういないだろ、といつもかわいいだの微笑ましいだので見とれてる。

かのちゃんから桃ちゃんがこんな豊満な届いた。うれしい〜。かのちゃんありがとう。きっと今年最後の桃。

最近は日々の生活の仕事と、それ以外に自分のテーマの作品創りにもいそしんでいます。図書館にもたびたび通って調べものもしています。何を探しているのか、活字ばかり読んで埋もれているが、自分のなかにあるものに出会いたい手段かもしれない。

ここのところやっている作品つくりは、仕事の表現とからめたものです。なんでこういうものを創っているのか。
普段は私は放っておくと抽象画ばかり描いてしまうため、イラストレーションの仕事モード90%の意識で日々送り、敢えてフアインアート志向に蓋しています。本当は両方はつながっているものだろうが、イラストの絵と放っておくと抽象の表現が自分はギャップがありすぎて、そっちに走ると日々のイラストの仕事が描けなくなる、そうすると生活ができなくなるので、あまり行かない様に今はしている。

が、最近は、日々感動したり感じてる自分のなかからちょっとどんなものが出てくるのか、溢れてくるものなんか(こないもんなんか)、ガリガリひっかいてスケッチ感覚でやっています。といっても、産みの苦しみでもがきます。なので本当はそこに向かい合うことから逃げたくて、あまり今迄描かなかったというのもあるのかな。どんどん穴を掘りたくなると(私は思慮深くないので、本当は穴なんてないのかも)、苦しくなる。でもそこから見えるものにたどりつきたいとわくわくもしている。今はたまたまそんなモード。今ちょうどやってきている、普段の仕事の絵とは違う意識の、描き癖にのっかっているだけかも。(この意識のなかにいて、生活していくための仕事も描けているから)

また辞めるかもしれないし。

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2007年9月 4日 (火)

柏崎刈羽原発 署名 呼びかけ

Dscf5130今日はお昼のゆっくり堂に、新米おむすびをこしらえて実家から届いた伊勢湾の恵を差し入れし、3人で昼食しました。
葉っぱがお皿です。水を節約できるし落ち葉は土に還せて限りなくサスティナブルです。

ナマケモノ倶楽部からのML、バトンです。
坂本龍一さんをはじめとしたアーティストパワーからの呼びかけ。おやすみなさい、柏崎刈羽原発 の署名を集っています。この思想に賛同の方は、是非。刈羽村長、柏崎市長、新潟県知事に届きます。よろしくお願いいたします。


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2007年9月 3日 (月)

明日の神話 

12昨日は、今日を逃したら今年はもう行けないかもしれないと思い立って、東京の郊外、国立に行きました。駅のシンボル三角屋根も開発工事のためなくなって、すっかり様相の変わった国立。しかし相変わらずこんなに緑が豊富だったんだとあふれんばかりの緑に包まれた木々の奇麗な空気の中を歩きました。ここ国立はまるでヴァチカン共和国やムーミン谷のような独立している町の雰囲気があって、なんとも独特な町。

お世話になってるお店に挨拶に。しかし会話の途中、この街に長年住んでいたとは思えないくらい点在する建物の名前や市役所の場所や、いろんなことを忘れていた自分に驚く。16年も住んでいたのが信じられないくらい、すっかり他人の町に思えた。たくさんの知り合いやお世話になった人々がいて、あの人にも連絡しなきゃ、あの方にもあの店にも挨拶しにいきたいなと思いながら、こんなことあったなあ、あんなことあったなあと情景を思い浮かべながら、旭通り、大学通りを歩く道すがらでした。昨日はとりいそぎお二人に会ってきただけになりました。森林浴が気持ち良い休日の町並でした。
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岡本太郎の「明日の神話」とともに、 アメリカ社会の底辺労働者への貧困、差別、戦争を終始描いたアメリカを代表する画家、ベンシャーンの「 ラッキー・ドラゴン」シリーズは第五福竜丸の水爆事件を記録した芸術作品です。
被爆した第五福竜丸が帰ってきた静岡の焼津漁港は、9月3日の今日に解体工事され、更地になるそうです。とても残念でかなしいことですが、ベンシャーンの「 ラッキー・ドラゴン」と岡本太郎の「明日の神話」が、核実験は今もなお現実に行われていて、それはいつでも使えるものである(みんなが核の存在を忘れた時)こと、第五福竜丸の23人の漁師が死の灰をかぶったことは忘れてはいけない歴史的な事件だと後世にメッセージを送ってくれています。
そういえば「六ヶ所村ラプソディ」の映画のなかで忘れられなかった映像のひとつ。
京都大学の、原発・核処理のへの恐ろしさを説く教授(科学者)の研究室に、ピカソの「ゲルニカ」(印刷物)があったことは見逃せませんでした。今でも思い出す忘れられないシーンです。



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2007年9月 2日 (日)

第五福竜丸事件

070901_162801代官山のオクラに稲が育てられていました。まだ緑だけれど実りつつある稲穂はつぶつぶに集結したわわに垂れ下がり、きれいでした。

「水になった村」に昨日、先日激戦区東京で参院選で初当選された、参議院議員 川田龍平さんが多忙の折、時間をつくって観にこられたそうですね。素晴らしい。これからの未来への提案と実践を私たち市民とともに、行動してくれようとしている川田さんが当選してくれて本当に良かった。

昭和29年に起きた歴史的被爆事件、 死の灰を浴びて、静岡県 焼津の港に帰って来た漁師たち23人をのせた第五福竜丸事件。漁の最中、アメリカの水爆実験により最も強い放射能を浴びてしまった漁師たちの半分は放射能によるガンなどで亡くなり、今も、死と向かいあわせの恐怖のなかを生きているといいます。理由もなく差別を受け、当時のことを語るに口をつぐんでしまったと言います。

50年前は水揚げ日本一、東洋一の漁港、焼津港が、とうとう明日9月3日に解体工事され、更地になるそうです。
反対する住民市民の懸命な呼びかけ、声は届かず、焼津市はもう取り壊しの意向を変える気はないそうです。消えいきつつある素晴らしい我が祖国の風土、それをかたちづくる文化がなくなっていくこの世の中にあって、私たちは何を受け継ぎ、未来に残していかなくてはならないのか、思うにつけ立ち止まってしまいます。

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2007年9月 1日 (土)

おおパリ!

070729_181703今日から長月。今日は長月の朔日市(ついたち)。よく氏神(うじがみ)さまと間違えられている、産土神(うぶすなのかみ)さまに詣でに行きます。産土神(うぶすなのかみ)はその土地を守る神様で、家族でいえば両親にあたるらしい。なので遠くの神様に参りにいく前に、節目には先ず親に挨拶するとう神道の教え。産土神(うぶすなのかみ)は、神社本庁に電話するとすぐ解ります。近所にあるからといって産土神とは限らないのです。この東京の家の産土神は、駒繋神社。森林が豊富でとても神気の張った神社です。森林の香り強く空気がきれいで土の香りも強い。天照大神の弟である須佐之男命 (すさのおのみこと)がご祭神。須佐之男命 は大地の神様です。

けった乗りながら毎日口ずさむ歌は、その時々による。たいがい口笛か鼻歌か歌を歌っている。近頃は、坂本龍一のアンダークールドとディープ・フォレストのスィートララバイ交互のいい加減な鼻歌。今日の外出の音楽は、矢野顕子のSUPER FOLK SONGの中にある、イッセー尾形作詞、「おおパリ!」。この歌がものすごく好きでよく歌う。広場に大道芸人で賑わう憧れのポンピドー・センターではじめてみたボナールの原画に感動し、モンドリアンの絵に触れ、モランディの造形に吸い込まれたあのパりを思い出しながら。
イッセー尾形の躍動感が目に浮かぶ、とっても純粋でなんて可愛らしい歌。

とうとう来たじゃない  パリ!
なんで熱が出てしまったの
エッフェル塔がゆがんでる
ベルサイユが崩れ落ちる
リュクサンブールは火の海だ

とうとう来たのに    パリ!

モンマルトルから転げ落ち
ムーランルージュで息も絶え絶え
コンコルド広場を這いずって
凱旋門の股を見上げた

とうとう来たのに    パリ!

セーヌ川に頭をつっこみ
少しでも熱を下げるのよ
なんとか夜のパリに間にあって!
金は円で払ってやる

とうとう来たのよ  おおパリ!

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