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2007年11月12日 (月)

い の ち

Dscf5690_2先日、高木善之さんのコーチング受講の際、高木さんがところどころで声をつまらせて泣いていました。情で泣いているというより、自然の摂理、秩序そのようなものを体感したときの感動が甦って泣いているような声のつまらせ方でした。笑いも感染するけど、涙も感染するので、私も、ぽろぽろ泣いてしまいました。辛いとか悲しいとかでもない、なんとも言えない涙です。この人は今までどんな壮絶な体験をしてきたんだろうと想像しても私の頭では到底追い付かない。

そして明らかに、命を消りながら話している、自分がやってきたことの役割を次の世代に残そうとし命がけで話しているというのが伝わって来ました。ご本人もおっしゃっていましたが自分に残された時間が残念ながらそんなにない、課せられた役割にはいつか終わりが来る、その命の期限をも感じながら話している氏の覚悟が伝わってき、その気迫は壮絶でした。
そしてすごい勢いで生きていることの感動のようなものが伝わってくる。故に、こちら側にものすごいい力で感染する。

7時間に及ぶ抗議のなかで休憩があり、たくさん並んだ書物のなかで、講演会にいく前から欲しかった『ありがとう』『だいじょうぶ』『いのち』『虹の天使』の4冊の短編集を買いました。

それで、じっくり味わいながら読んでた3冊のあと、最後に残してあった『いのち』を昨日、国立への往復の電車の中で読みました。いくつかあるスト−リーのなかで最も心に残った二つ。何回も何回もこの箇所を読み、今日もまた、できる限りの想像力を働かせ、この中の主人公を自分に置き換えて読みました。
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《モモコ いただきます》

農業実習で牛のお産に立ち会い、その子牛の世話をしたことがあります。
モモコと名付けて家族で大切に育てました。研修が終わるとき、その子牛をどうするか決めるときが来ました。選択肢は1.農家に返す 2.自分で殺して食べる でした。 私は2を選びました。
それを決行した日、子どもたちは「お父さん、モモコがいないよ。どこにいるの」と尋ねました。
私は「モモコはね、食卓で待っているよ」と答えました。
子どもたちは「ええっ?!」と声をあげて食卓に観に行き、悲鳴を上げました。
「うそでしょ?まさかモモコを・・・」と絶句。「うそじゃないよ。これはモモコだよ」と私。
「なんで?!、牛はたくさんいるのに、モモコを殺さないといけないの?父さん、きらい!絶対食べない!」と、大騒ぎになりました。
「なぜ、殺したと思う?」と話しかけました。
「わからない!そんなのいやだ!」はじめはそんな状態でしたが、「命の意味をわかってもらいたい。モモコを食べることで、命の意味を考えよう。そのためにモモコに死んでもらったんだよ」
当時子どもたちは5歳、8歳、11歳でした。
子どもたちは「モモコはどんな様子だった?」
私「いつものように、とってもやさしい目をしていたよ」
子どもたちに「お父さん、どんな気持ちだった?」
私「つらかった。涙でよく見えなかったよ」
やがて子どもたちは、「モモコを食べる」と決意し、食卓につきました。
そして、みんなで手を合わせて、「モモコ、いただきます」と言いました。
そのとたん、末の子どもが、
「いただきますの意味がわかった!食べるって意味かと思っていたけど、命をいただきますってことだったんだね!」って言いました。
不思議にも、家族全員が同時に、このことに気付いたのです。
当時私は40歳。40年も「いただきます」と言い続けてきて、やっとこの言葉の意味がわかったのです。
そしてそれから、次々と・・・
「肉だけでなく、米も野菜も食べ物にはみんな命があるね」
「いただきますは、その命をいただくことだね」
「命をいただくから、生きられるんだね」
「たくさんの命に支えられて生きているんだね」
「だから命を大切にしないといけないね」
「命を大切にするって、みんなの命を大切にすることだよね」
「みんなの命に自分が役に立たないといけないよね」
「みんなの幸せのために、生きていかないと意味がないんだね」

宝もののような言葉が、次々にでてきたのです。
子どもたちは、「さすがモモコ!おいしい!」と言いました。
子どもってすごい。私は、味などわかりませんでした。
食事の終わりに、みんなで「モモコ、ごちそうさま!」と言いました。
そして、モモコに、「ありがとう!」と、最後のお別れをしました。

それ以来、わが家では、食べ物をとても大切にするようになりました。
肉はあまり食べなくなったし。好き嫌いがなくなりました。
飽食も、過食もなくなりました。


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《ピンキー いってらっしゃい》

豚は1メートル以上になると出荷されます。出荷というのは屠殺場に送り出す事で、両手に盾(ベニア板)を持って豚を追い込んでいきます。殺気を感じた豚は必至に逃げようとします。あまり豚を興奮させると危険です。豚は体重百キロ以上ですから、本気で暴れると危険ですし、豚もかわいそう。豚舎全体が大騒ぎになります。
指導員からは、いつも「恐怖を与えず、手早く送り出すように」と指示されますが、なかなかうまく行きません。

あるとき、私が大切に育てていたピンキーを送り出す日が来ました。
この豚は子どもの頃から体が弱く、豚一倍の手がかかりましたので、よけいに可愛かったのです。せめてこの豚は、やさしく穏やかに送り出してあげたいと心から思いました。

豚房(豚小屋)に入った私は、
「ピンキー、お出かけだよ。さあ、行こう」とやさしく声をかけました。
するとピンキーは、静かに起き上がり、おとなしく私といっしょに歩いて、屠殺場送りの軽トラックまで来ました。そこで立ち止まり、私を振り返りました。私は「ピンキー、行っておいで」と呼びかけました。するとピンキーは、言葉がわかったように歩き始め、トラックの荷台に乗りました。
そして屠殺場に運ばれていきました。
静かでおだやかな送り出しでした。

見送ったあと立ち尽くしている私に、指導員が近付いてきて、
「見ていたよ。よかったね」と声をかけてくれました。
私は「よかった。死の恐怖を感じさせずに送り出せてよかった」と言いました。
すると。指導員は、「豚はそんなにバカじゃないよ、自分が死ぬことくらい、わかっているよ」と言いました。
「でも、あんなに静かに歩いていきましたよ」
「この子らの親は誰だ?」
「ああ、そうか....彼等の親は私ですね・・・」「子は親を見て育つんだ。子は親を見抜いているよ。親が迷ったら子は迷うよ。親が迷ったら子は迷うんだよ 親がかわいそうと思えば、子も死を恐れるんだよ。親が迷わずに『行け!』と言えば、子は迷わずに行くのさ。親が迷わずに『死ね!』と
言えば、子は迷わずに死ぬのさ。親が迷わなければ、子は迷わない。親は迷っちゃいけないよ。
高木さん、これからの人生、迷わないようにね」

『いのち』高木善之高木善之  地球村出版より引用

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