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2007年12月16日 (日)

6本指の人

Dscf6204昨日はKさんと、前々から約束して予約してあった田中優さんの講演に行くつもりだったが、急遽予定を変更して映画『1/4の奇跡』を観に行った。知り合いの、生まれつき身体に障害を持たれる『しま平』さんが主催者で呼びかけていたので、なんとな〜く今こちらの映画のがみといたほうがいい気がして(田中優さんの講演は来年初頭から目白押しなのでそれに参加させてもらおう、ということになり)Kさんも向かう。

『山元加津子』さんという養護施設で働く人の思いのたくさんつまったドキュメント映画。素晴らしい映画でした。この映画もまたとめどもなく涙が流れてきました。『山元加津子』さんは『地球村』の『高木善之』さんの講演のときも、名前がでていたし、この映画のことも耳にしたり、川田龍平さんも見たい映画だとも聞いていた。

そして、こないだ見た、スイッチをオンにするバトン映画(と、自分のなかで呼んでいる)『天国はつくるもの』が「凄かった、地球村のスタッフもアフガンで映っていた、地球村は本当に地球村なんだ(よくわからんコメント)、って思いました」、って地球村のスタッフにたまたまお話したら、「1/4の奇跡」も、じゃあ観るといいよと紹介された。タオル持ってったほうがいいよ、とも言ってたような。。

これから世に映画を出すと言う直前、伊勢神宮に参拝のシーンのとき、参列者のとあるお偉い方から「どこそこの大学に合格できますようにと人々はお願いする。例えば東大に合格させてください、と願ったとする。仮に合格したとしても、それは不合格の人(敗北者がいてくれたお陰で)の上に成り立っている。本来の祈祷とは、自分に一番、縁のある学校に受からせてください(巡り会わせてください)、と参拝するのがただしいのです。この映画が当たるようにとかではなく、いいふうになりますように、と願えばいい」といわれた。この内容は、真理だと思った。

更に、「山元加津子は、今、もっとも天が期待している人間。山元加津子のような人間が日本に1000人いたら、日本は善くなる、変わるやろうに。。」と言っていた。
その、伊勢神宮の内宮参拝を終えたあとのこの台詞のシーンで、山元加津子さんとともに講演で地方行脚し、苦労を分かち合っておられる付き人さんが眼鏡をとり、ハンカチで涙を拭っている場面がなんとも心にじんときて、私も一緒に涙を拭いました。

ペルーにある古代の人々が描いたナスカの地上絵は、今となってもどうやって人間があのように正確な絵を広大な地上に描けたのかの謎がとけていないという。
しかし、養護施設にいる障害者たちの中には、上空からみた大地の絵を、みじんの縮尺率も狂わずに描けたりするという。昔の人も、この施設の子どもたちと同じような能力があったのだと思うと山元さんは言う。

ペルー博物館にある、古代人たちの描いた絵は、養護施設の生徒達の絵と不思議なくらいに重なる点が多いこともわかった。

そして博物館のなかにある古代人たちの描いた絵の中に、6本指の手が真ん中で5本指がそれを囲む曼陀羅のようなものがある。その意味は、奇形とされる人、生涯もった人というのは、昔から神様の使いとされ、敬われていたことを現すという。一族のなかに6本指の人が産まれたらすごい(素晴らしい神からの使い)こととされていたらしい。つまり五本指の人たちよりはるかに優れている。上にいることを意味し、障害者は大いなる宇宙と通信できる、もっとも宇宙の意志に近い場所に位置する人たであるとされていたらしい。

このように、日頃、障害者の描く絵が、プリミティブアート(先住民たちの描く絵)に似てると思ってたことが、この映画のなかでも指摘されていた。

そして昔マラリアが流行った時、人類が滅亡するかと思われた、けどしなかった。それは、とある細胞をもった人々は感染していないことがわかりその人たちが生きのこった。その感染しない細胞をもった人々が、なんと、当時の障害者たちだったのです。その人たちの数が1/4。そして生きのこった1/4の障害者が子孫を繁栄させ、今、私たち人類がその命をひきついでいるという。

今、地球上でエイズが人類滅亡かというわれるくらいに感染が広まっているのだけど、これは、700年後のエイズを予測したように700年前のマラリアがそのとき発生していたらしい。そして、エイズでも生きのこれる細胞を増やしていっていったという。だからエイズで全人類がなくなることはないという。

つまり、社会的な判断基準によって『障害者』と呼ばれる人々が人類の命を存続させているということが実証されているらしい。私たちの細胞のなかには過去のデーターが平等に組み込まれていて、障害者に誰でもなりうる可能性がある。そして自ら、その役割を引き受けてきた人々が、『障害者」だということ。一分一秒でも生まれる時間が違っていたら、世間で言われる『障害者』ではなかったかもしれない。しかし、きっちりと狙ったように、その役割を引受けるべく、その時刻に産まれ落ちる強靭な魂がいるのです。

彼等彼女等は、私たちの代役を自ら引き受けてやってきた。そして、目に見えないもの、聞こえないもの、本来私たちが誰でももっている能力が普通に日々生きている日常のなかで覚醒しています。

そして、日々生きているこということの奇跡を語りかけてきます。

この映画のなかで淡々と語る人は、まさに、天が今、期待している『山元加津子』といっていた理由も観る程に、感覚としてわかってきます。

命について、大切なことが描かれた映画で、会場では涙を拭うひとがたくさんいました。

この映画のなかで、ある化学者が後半いってます。まえにも野口嘉則さんのブログで見つけて引用させていただいた、すべての命の大元はひとつにつががっていた話。すべての命、それは人間だけではなく、動物も植物もすべての生きとし生きるもののDNAのなかの記号は同じだったという驚くべき化学研究結果がこのほど、実証された、ということを。どんなすごい化学者が1000人あつまっても臓器の一つ、私たちはつくれない。たった一つの命が誕生するこには、たいへんな奇跡がおこらないと不可能であることを。

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そして、、、この映画を回想の中、先日図書館で借りた『中村文昭』さんの本を読んでいたら、中村文昭さんの師匠、熊本で『賢人塾』を主催されている、『田端俊久』さん(田端さは癌におかされ、先日最後の講演を東京でされた)の話がでてきて、田端さんの6人いるお子さんのなかの一人が、産まれた時、六本指の足ででてきたと書いてあってびっくり!あのペルーの曼陀羅の話がでてくるのか?と読み進めるとそういうことはないのだが、病院では5本になおせるから切断しましょう!ということになったが、田端さんが「切断はせんといてくれ、この子が6本指で産まれて来たのには意味がある。この子の選んだこと」とそのままにされたという話。田端さんはペルーの6本指が神の使いとされていた話は知っていたのかわからないけど、タイムリーで感動したのでした。ペルーでは6本指は神の使い、祝福すべきという曼陀羅図。

この作品は一人でも多くの人に見てもらいたいと私も思いました。いってることがとても深いので、何回も見たいと思いました。これをつくった一般主婦は、てんつくマンの天国はつくるものを見て、インスパイアされ本当につくってしまわれたそうです。

『障害者』は、私たちが誰でもなりえるという、その役を自ら引き受け、人類の命を在続させてきてくれた1/4の奇跡の命。そして息をひきとった山元さんの1/4の奇跡の教え子と、魂が肉体からはなれる寸前に約束した、障害者が認められるそういう世の中にしてほしいという遺言。それを果たすための一歩の、意味があって今のこの時代に、奇跡のような確率で、送り出されるべくして 送り出された映画だと思いました。

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