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2008年4月26日 (土)

「無知の涙」 ー 永山則夫という人

Dscf71411968年、19歳の時ピストルで4人を射殺し、1997年の8月1日に48歳にして死刑が執行された永山則夫死刑囚。とある人のサイトで知った。きれいな詩に心が奪われ、また、この死刑囚に執拗に興味が沸き、取り憑かれた様に調べている。同時に彼の作品(獄中にて作家となる)の数々を読んでいる。

作品は小学校2年生ほどの教育しか受けてない人が書いたと思えないほど、細密な描写力と強く心を揺さぶる魅力があり、むさぼり読む。
そこには安易な言葉では語れないほど、すさまじい家庭環境の背景がある。

死刑制度に関して、深く考えさせられた。

永山則夫についてネットで調べいろんな所見記述をみたが、数々いた弁護人、中でも最後に担当した遠藤誠弁護士との一連のやりとりは感動的だった。弁護人、被告人を超えた人間愛があった。「彼の様に哀れな人間のためなら代わりに死んでもいい」と述べた遠藤誠弁護士の心情は、心を打つ。

遠藤弁護士に伝えられることもなく身元引受人を探してる道中で突然死刑が実行されたこと。また、彼が世に出した書物の印税は被害者親族以外に、永山の意志で他の数々の死刑囚を励ましたり弁護するためのカンパ義援金として自らの励ましの手紙と共に送金されていたり、資本主義社会が生み出した貧困の差、それによって牛馬同然扱いの差別を受ける貧しい子らにあてられていた。書く事で、自分の罪に謝罪する意識を得、被害者と遺族への償いを表した。

また、彼の悲惨な幼少少年期を知り、これはたしかに私たち資本主義、社会が産んだ歪みであり犯罪で、永山死刑囚はその代表に過ぎなかったこと、教育を受けていないことや、すさまじい極貧がこのような犯罪(誰もがもってる本能)にたらしめることが、うなずけた。教育によって社会的な常識(不自然な)を受けて来た私たちはぎりぎりのところで、誰もがもっている内なる犯罪性を踏みとどませているのかもしれない。私も。

理性とはこの世の教育から来るものなのかと思う。

死刑制度に関しても、この事実をもってしても(というかこの死刑執行は国の都合によるものが大きかったと言われている)真剣に考えなくてはならないこの国の課題だと思う。この事件を全く知らなかった私もだめだめだが
もっとリアルにこの事件の成り行きを観ていきたかった。死刑廃止について真剣に思う。
裁判中に、小学校2年レベルの教育にもかかわらず貧乏の罪について書かれた作家の書物の一説を裁判長に英語で述べ、裁判官、弁護人らを驚愕させた話もすごいし、弁護士を交えた社会の構造、国家への発言など大変興味深い逸話ばかり。彼が生きた意味は強烈で、彼が社会、国家に対して発言したこ偉業ははかれない程に大きい。非常に考えさせられる人物、事件である。

犯罪者を消す(殺す)のは簡単だ。
往々に国の都合で執行されてるところが無念。神は人を裁かない、国は裁く。

永山則夫の作品の数々は、まだ読み始めの数冊だが、どれもきれいで心を打つ。
「私の印税は世界と日本、特にペルーの貧しい子供たちに送ってください」との、死刑執行直前の遠藤弁護士への遺言だったという。新日本文学賞を穫るまでになったその文学的評価は高く、日本文芸家協会の会員に推薦されたものの、文学レベルは認められつつも殺人者を入会させるわけにはいかないと却下され、中上健次、筒井康隆らがこれに抗議し、会を脱退するという逸話も心に残る。


日本国の死刑制度の是非を問う今、永山則夫という人間が存在したことは一人でも多くの人に知られるべきで、死刑執行と引き換えに彼が訴えたことを、真摯に受け止めたいと思う。日々いかにこの不可思疑な社会構造と国家権力に洗脳されて、本当の事がぼやけて見えなくなってしまっているかがわかる。

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コメント

被害者であるご遺族が永山則夫を赦す日なんて
こないんじゃないかと思います。

私もETV特集拝見しました。
息苦しくおもたく実入りました。
永山則夫さんの育った環境の異常さ、
生きていた事が不思議でなりません。

はやり、番組の仲で当時、永山さんを鑑定した
精神科医が仰っていたように、
犯罪を犯す人の環境、心理動悸を理解しようとしない
裁判は無意味だと私も痛感しました。

投稿: やだ | 2012年10月24日 (水) 08:38

NHK ETV特集を見て、不思議な感覚を覚えます。
永山則夫氏の天性の才能を思えば、運命の少しの偶然性の中で翻弄され一喜一憂し、強い感受性を持ち合わせた故に転落していってしまう。
そこに四人の犠牲者を生み、その人たちの人生も狂わせていったのです。
この犠牲者の遺族の方は事件後どのような人生を歩まれ永山則夫氏のことをどう思い、赦すことができたのでしょうか? 一方向からの目線は、常に誤りを生みます。マスメディアだけがすべてではなく、自らの視線で物事を注視できるようなりたいものです。

投稿: masa | 2012年10月23日 (火) 02:54

私くしも永山氏と同じ境遇でした。幼少時代より家庭が貧しくて僅かなご飯の上にしょうゆうをかけて飢えをこらえていました。父母居ず祖母と暮らしていました。山羊のミルクで育ちました。私くしも東京の本屋さんで購入しました。無知の涙を。生活保護でしたのでクラス全員何百円と学級費を払っていましたが私くしだけ5円でした。当時ずいぶんはづかしがったものでした。小学校4年の時祖母が一緒に死のうと言って斧で頭を割られそうに成り真剣白羽どりの様にして難を逃れました。祖母はすぐ農薬を飲んで自殺しました。新聞配達もしました。有名なイギリス人の物理学者は天国もあの世もないと言いました。Sein の愛

投稿: mamoru | 2011年7月26日 (火) 05:26

山口母子殺害事件の被告人に対する
死刑判決は正当だと思います。


被告人に対して21人の弁護団、しかも道理を逆手にとった
型だけの死刑廃止論者がつくって何でしょう。
だから、死刑廃止がこの国は100年遅れてるといわれても、
国連から死刑廃止せよと指令がきても、
この国ではまだ受け容れられないのでしょうね。


永山則夫の時の処刑は、世論への見せしめ、
何ものでもない国家権力による殺人行為でしたが
山口母子判決は真っ当な司法による判決だったと思います。

投稿: やだ | 2008年5月18日 (日) 02:17

永山文学は人の心を惹くものが強くあり、独特の個性を感じています。
少年Nという固有名詞で彼の育って来た故郷、環境を辿るのですが、緻密な描写力に驚きます。表現力もとても豊かです。なんと挿絵もあって、細密です。
遠藤弁護士の人間性にとても惹かれて、今は遠藤弁護士について彼が関わった事件についても共に勉強していますが、非常〜〜に魅力的な人間臭い弁護士だったことがわかります。この他にも泣けるエピソードがたくさんあって胸が詰まりました。
生涯、権力と戦い、弱き物を助くために無償で手弁当で動きまわり弁護士という職業を全うされた人だったようです。

先日、山口母子殺害事件の被告人への死刑判決が下されたばかりですが、この事件に関して、死刑判決についてリアルにいろいろ考えます。
永山事件、遠藤弁護士が死刑執行をひきかえに、伝えたかったことをタイミング的にも、知れば知るほどに、死刑制度に付いて考えはしますが、山口母子事件の後ろにつく、死刑廃止論のみを道理の逆手にとった歪んだ弁護団には憤りを感じます。
本村さんの司法に対する本来の正義のありかた、罪の償い、命の尊厳をといた弁論には頭が下がり、今回の死刑判決は山口母子事件に関しては、最もの最高の司法判断だったと思います。

ただ永山則夫に対して下した国家権力を用いた、殺人は許せないですね。永山則夫は自ら命をもって死刑台にあがろうと最初から覚悟し、獄中から印税を遺族に送り続けて、根元から人間が変わったのにも関わらず、国の都合で殺すなんて。

投稿: やだ | 2008年4月27日 (日) 00:05

永山則夫の残した文章を読むことは、すなわち彼の人生と犯罪に対面することで、「私があっての犯罪、だから私はいなくてはならない」と言わしめたことを考えると容易ならざる事件だったことを痛感する。
犯罪の背景の貧困について思いを深くした識者のなかには真剣にわが国の教育制度について改善をせまる文章を寄せた人もいた。
映画評論家の佐藤忠男氏はほとんど独学で読書、映画を通じて知識を身につけた方なので、永山事件についてたしか「読書と人格形成」という著書の中で触れ、誰しもが教育を受けられる社会の実現を望みたいと書かれている。
矢田さんがおっしゃる永山事件=永山則夫を風化させてはならないと思います。
犯罪者だからわれわれとは一緒にしないでくれ的思考で問題をみようともしない人のなんと多いことか、というのがこの事件、無知の涙を知ってから首尾一貫して思う現実です。
だからこそこの書の意味は大きいともいえますが・・・
遠藤弁護士の言葉には胸が詰まりました。

投稿: 佐々木 雅浩 | 2008年4月26日 (土) 23:17

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