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2008年4月 9日 (水)

何者かに作らされている さだまさし

111「償い」作詞:作曲/さだまさし

どうしたらこんな曲が詩が物語が書けるのだ。
この曲をはじめて聴いたのは5〜6年前の暮れ、大掃除していた手を止めて、立ちっぱなしでテレビの前で固まって見入った。歌は3分間のドラマというけどこの3分間の中に人の一生や想いが壮絶に描かれていて、ドラマではよく泣くけど、この3分間のドラマでは原稿用紙1000枚もの長編小説を一気に読んだあとのような、どっと疲れとともに、なんとも言えない涙がでてきた。
加害者と被害者の両方の気持ちと、それを傍観する友達の気持ちに感情移入した。

2001年に三軒茶屋で起こった暴行致死事件で、裁判官が加害者に「さだまさしの償いを聴いてみるべし」と異例の発言をしたらしい。

さだまさしの知り合いの実話に基づいて描かれたこの歌は、人間の「謝罪」の姿と「許す」ということに焦点をあててる。


というわけでマイブームは「さだまさし」
幻冬社のカリスマ編集人、見城社長と対談の中で「実は小説家になりたかった」という言葉が響いた。

そして図書館で借りて来た2001年からの小説家(作家)デビュー作品の数々。
その中での言葉。

「自分で作るというよりは、何者かに作らされているような感じがある」


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