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2008年5月

2008年5月31日 (土)

ずっと雨

Dscf7277Dscf7278一昨日からずっと雨。しかも日ごとに寒くなっている。出かける途中寒くて上着をとりに帰り、冬の洋装して暖かくしてまた出る。明日から6月とは思えない気候。先週は30度と夏日だったというのに。
一昨日、神保町のギャラリー福果に「伊勢克也」さんの個展を観に行く。ブロンズで出来たオブジェ、小さい家々が壁から設置された棚にたくさん並ぶ。臨場感があって静粛、緊張していた。またドローイングもあって見応え充分だった。さすが大御所プロ!あの空間、写真に撮りたかった。「伊勢克也」さん、どこかしこに「和」を彷佛させる美しく強い作品、昔から気になっていました。展示(空間構成)って大事だ。私も想像しつつ、あともうちょっとがんばろ。

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2008年5月30日 (金)

鯛茶漬け

080529_135601神保町に行ったので、昼食に小耳に挟んでいた「卯佐」という和食やの鯛茶漬けを食べる。タレに漬けた鯛の刺身をそのまま半分いただき、残りの半分をごはんにかけ、熱々の緑茶を注ぎいただく。普通に美味しかった。
昨日は雨で、電車で移動したが、帰り道、渋谷から3つの祐天寺駅を乗り過ごしで2往復もした。各駅が止まらない故、一度は中目黒で急行にのってしまい通過し、学芸大学でまた急行に乗り中目黒にもどってきてしまい、今度は特急に乗り、自由が丘まで。げえ〜。中目黒でも学大でもいいから隣街なのだから、降りて歩いたほうが早かったっつーの!って自分にツッコミながら通過する我駅を何度も見送る我。わびし〜〜。

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2008年5月29日 (木)

今日は雨

Dscf4468関東の梅雨入りももうすぐかな。気がつけばもう5月も終わろうとしている。
実家の母が育てた野菜と、海でとれた産物。また、いしださんが撮ってくれました。

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2008年5月28日 (水)

ギャラリーまわり

Dscf7303Dscf7306Dscf7305今日は部屋の中30度の晴天夏日。西麻布にあるギャラリー・ルベインに陶芸家、まっちゃん(お笑いではなく)こと松野章弘さんの新作の磁器と、六本木のAXISのサヴォアにアウトサイダーアートで有名なしゅうじたかし(しゅうという字が打てません)さんの個展に行く。しゅうじさんの作品を生で見れるとは!昔から心をぐいぐい鷲掴みにされていた私としてはめちゃくちゃ期待して嬉しくて行ったのでした。ものすごい生のパワーを感じたパステル、コンテによる絵画だった。あ〜、こんな絵が家にあったら心が純化され目が覚めるだろうなあって思った。なんて正直な絵なんだと強力に吸引され、見入る。オーナーとおぼしき方が後ろをついてきたのでもっと絵に入っていきたかったのだが、売りたい波動を感じると、そちらに意識がいって、絵の中に入っていきづらくなる。絵は一対一になって静かに向かい合いたいもの。絵ではなくとも作品とは、自分とその作品の関係性による唯一無事の静や時間が流れるのです。そういう部分を、自由にしてもらいたいなと、もっと観ていたかったけどいづらくなって残念ながら場を後にする。
ルベインでは知人がいたが人見知りの私は、ちょうどサングラスと深々ャスケットかぶっていたし、声かけずにでてきた。しゅうじたかしさんの生の作品、すごいパワーだった。

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2008年5月27日 (火)

黄色い花

Dscf7283満開を過ぎややくたびれ気味。

大学でてすぐ勤めたデザイン会社で一緒だったとねさんはもう15年来の友達。異性との友情があるとしたらとねさんは唯一、私の男子友達だ。今や、映画業界のビジュアルを手掛け、講演もなしてる多忙のAD。つかずはなれずというのはつくづく長続きするものでとねさんとも1年に一度がせいぜいで、長い時は2年くらい会わない。それでも久しぶりに会う時は、細かなこと話さなくても分かって気楽で、仕事の話にせよ、日常の話にせよ、根本に思うところが共通している。しかも、仕事でのいろんな節目節目でいつも助けてくれるのはとねさんだった。言葉にならないくらい感謝していたのだが、前向きで、底抜けに明るくて、面倒見がよくて、丁寧で、最近つくづく、ほんまやさしい人やったなあ〜って思い返した。あの時も、あの時も、って思い返す事がほんとうにたくさんある。今まで出会った人はどの人が欠けても今の自分はいないが、とね(舎川敏明)さんは、ほんまにいなかったら今の私がいないくらいの大事な友達の一人だ。そんな風に、助けられてきた友達を思い返すこと(立ち止まって感謝すること)ってつくづく大切だわ。とねさんことトネガワトシアキくん、ほんといつもありがとう。めちゃ感謝してるって。

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2008年5月26日 (月)

光と松本人志

Dscf4356花を観ていると光を感じる。絵を描くときも、その光を意識したいと思う。

ダウンタウンのコント番組、「ごっつええかんじ」を思い出して調べてたら、キャラクター名読んでるだけで笑えてきた。毎回ビデオに録画しては繰り返し観ていたけど、あんなに面白いコント番組はなかった。 まっちゃん(松本人志)のテンションが最大に噴火していたと思う。
こねてこねてこねてドーン、今度は法廷で会うわよの「キャッシー塚本」 、今日のあんたはビールのつまみくらいにスパイシーやったでの「兄貴 」 、どんとっとっと、どんとっとっとの「 Mr.ベイター 」のテンション。「シンガー板尾」、「おかんとマー君」「子連れ狼」、「ゴレンジャイ」 、「トカゲのおっさん 」etc・・・、あ〜おもろ〜。

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2008年5月25日 (日)

まっちゃん

Dscf7282*製作途中、次に手を入れるのに乾かしている。

まっちゃんこと松本人志が好きで、昔はテレビはもとより、書籍、映像等の作品以外に、雑誌のインタビューまでチェックし、テレビ観覧にも応募し行ったくらいだった。様々な映像作品の中でも「ビジュアルバム」という映像短編集を見た時は、笑いを超えた表現世界が衝撃で、笑いの怖さ、深さ、シリアスさ、松本人志という作家について色々考えさせられもした。そんな、今も好きなまっちゃんだが、昔のような熱もなく最近は作品をチェックしていない。
なんと近頃自分の半分の年令、19、20才の若い子と話してると、よく松本人志の話がでてくる。彼等を見てると、松本人志が教祖的なものになっているのに驚く。どういうところがいいのか尋ねると、「面白い」の次に「格好いい!」と言う。へえ〜、分かるよ分かる、しかし君たちのような若い、最も敏感な世代にも格好よく見えるってほんとすごいわ〜。

世代を超え今も尚笑いの頂点にいる松本人志が気になって、今日は深夜ラジオ、「松本人志放送室」を、制作のかたわら聴いた。

相変わらずめちゃくちゃおもろいのだが、とびきり驚いたのは、あの尖り感性が昔のまんま輝いていたこと。何?この衰えることなき感性。止まることなきすさまじい努力の結晶なんだろうけど。。。流しでは聴けない天才芸人 松本人志ここにあり。絶妙な間に緊張感、思わず制作の手を止めて聞き入る1時間。

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2008年5月24日 (土)

つれずれ一掃

0358下馬図書館に本を返却に行く。帰って来たらその下馬図書館から、借りてる残りの本を順番待ちの人がいるので早く返してくださいと電話ありました。まだ猶予があると油断してたら期限がきれていた。よって、制作に入る前に残りのページを読み終えることにした。返却しにいかなきゃ!

先日描いた企業のパンフの中面扉の絵のひとつがでてきました。仕事の作品を近頃まとめていないので、大整理したい。あと、クローゼットの洋服の整頓(着ないものをヤフオクに出品)、加えて押し入れの大掃除をしたい。個展終えたら。

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2008年5月23日 (金)

29度の夏日

080522_185401昨日は久方ぶり、編集Iさんと、作家のNさんと、池尻にあるIさんご用達の上品な小料理屋「おわん」と飲みに参加させていただきました。ミネラル豊富な海の磯の香り高い、富山産の岩牡蛎のんまいこと!その他、桜ますの塩焼き、手作り豆腐、らっきょうの味噌つけ、あわびのおわん、厚焼き卵などどれも上品でおいしゅうございました。お酒も久しぶりに香りの強い芋焼酎をいただいた。夜も深くなってきてモデルやデザイナーらしき人が大人飲み喰いに集ってきていた。その後、また編集Iさんの庭である大人なバーにお邪魔する。トスカーナ産の美味しいボルドーのワインをいただいた。んまいわ、やっぱり高級バーで飲むワインは違うわ。ひとしきり会話し、もりあがり、外に出たら夜が明けていた。

今日は29度から30度まで気温が上がった。汗も出てもう夏のよう。伊勢丹のCA4RAで日除けのキャスケットと、原宿の45RPMで夏用のワンピースなど、久々に買い物した。ん〜、かわいい新作のストールもあったし、編み込みのベルトもあって悩む。

都心への往路は代官山を通過する。なんと、ちょうど着付けの先生が代官山にいらして、個展が終わった7月から着付けを習うことにした。もう3回くらいお邪魔している。今日は予約してあった教室用の小物を受け取りに行った。和をたしなみ、着物をスマートに着こなす先生は、人生経験豊富でいろんな話をきかせてくれる。着物のことを教えていただくことが、今から楽しみである。

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2008年5月22日 (木)

ゆで豆

0358昨日は学校の日でした。チャリで代官山から明治通りを新宿方面にひたすら抜けて、往路途中、洋服みたり寄り道する。明治通りに45RPMの路面店、骨董通りの先にBUD.Rの路面があって、それを覗くのも楽しみの一つである。あと誘惑のピエールエルメの青山店。いつもこのあたり通ると買おうかどうか迷ってしまう。でも、このケーキを食べてしまうとごはんが食べれなくなる。

郷里の畑でとれたグリーンピースの豆を湯がく。塩をふりかけて食べる。んま〜い。

そうそう、19.20歳の生徒は、ほんとに水水しい感性で、いい絵を描き、勉強になる。教室を廻って一人一人に話しかけると、へえ〜〜って思うような質問をしたり話題を提供してくれる。教えるこちらのが絶対もらってると思う。若い若い彼等に、私もいっぱい私の中にあるものをあげたい。

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2008年5月21日 (水)

宇和ゴールド

Dscf7272ピンポーン、ドアを開けると小さな小包みが。。。中を開けると、まぶしい黄金の球体が4個。むむ〜、これが噂の宇和ゴールドか〜。和風グレープフルーツといった感じで、皮は柔らかく剥きやすく、果肉はやさしくグレープフルーツより上品な甘酸っぱさでした。なんとあっと言う間に2個も平らげてしまった。あと二つ、大事にいただきます。いしださん、なかのさん、ありがとう♪

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2008年5月20日 (火)

昨夜から大雨

Dscf7236昨日夕方から青山で打ち合わせがあったので、ついでに渋谷の画材屋ウエマツで油絵の具のスティック、オイルバーの白を仕入れる。最後の2本だった。やっぱり新宿の世界堂のが安いし、白の色数とステイックの太さも幅があっていいんだけど、明後日まで待てない。こういうのはノッた時でないとだし、いつも描けるわけではない。

仕事の絵は仕上がると、入校印刷が終わるまでコピーやスキャンして、控えとして保存しとくのだけど、最近はデジカメで撮っています。これは24点くらい書いたレシピの絵。

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2008年5月19日 (月)

描いて消して

080509_171701金曜日と土曜日は制作をしなかったので、日曜日はひたすら・・といいたいところだが、夕方から夜半にかけて塗ったり、乾かしたり、また消したりして画面をつくりました。今日は打ち合わせが夕方からあるので、それまでに新しく何枚か描けたらいいけど。しまった、先日、新宿で仕入れてくるのだった、画材が足りなくなってきた。

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2008年5月18日 (日)

自然にみとれる

Dscf4315実家は農業と漁業が稼業なので、お米と海の産物は売る程あるのですが、野菜は家族が食べる分だけしか作っていないので(母が海と田んぼの仕事の合間に作っている)、人様に分けることができません。

でも、時々、余分に獲れたのを知り合いのご夫婦にお譲りしています。そのご夫婦が実家の母が作った野菜を美味しい美味しいと、と〜っても喜んでくれて、しかも毎回写真をこうやって送ってくれるのです。先日、伊勢湾の産物であるあさりとばか貝を注文して下さった際に、ちょうどお分けできる野菜があって、送らせてもらったやつを、こんなに愛情込めて写真に納めて送ってきてくれました。

写真を開けると、はっとする。

私は、上京してから、こうやって当たり前のように忙しい合間を縫って送ってくれる母の手つくりの自然の産物を食してきたけれど、感謝が足りないと思います。「感謝」の反対は「当たり前」なんだって〜。

こうやって、いつも喜んで気にかけてくださるご夫婦の写真と気持ちを受け取る都度、普段足りない郷里の母への感謝の気持ちが湧いてきます。いしださんご夫婦にも、めちゃくちゃ感謝。

ほんっと、いつも、どうもありがとうございます。

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2008年5月17日 (土)

シャンプーくん、よろしく。

Dscf7258Dscf7259らでぃっしゅぼーや関連の自然シャンプー・リンスのボトルのロゴデザインとイラストを担当しました。「シャンプーくん、よろしく」、シャンプーくんに語りかける。

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2008年5月16日 (金)

スナックえんどうの塩茹で

Dscf7253こないだから食欲に関係なく連日食べ過ぎで、朝になってもお腹がいっぱいなため、午後、出かける前に、スナックえんどうの塩茹でと、とらやのようかん2切れと、コーヒーと紫蘇ジュース(畑で獲れた赤じそからなる母の手製)をとりあえず胃に入れた。

ここ数日、本は、外出時の待ち合わせの時間までと、学校の休憩時間に読んでます。中目黒の駅前の区民図書館も利用して下馬図書館で手に入らない資料をそちらに借りに行く。出かける時必ずと言っていい程、中目黒駅前を通過するので、行き帰りに利用できて便利。

今日は学校まで、明治道りをひたすらまっすぐ漕ぐ事片道1時間、チャリで行ったのだが、途中眠くて眠くて、授業が終わった夕方の帰路に立つ時には、ほとほチャリで着た事を後悔したくらい眠さがピークになっていた。今、週に2回授業に行ってるが、授業に行った日は、帰宅後、机に向かっても仕事のラフがせいぜいで、集中力と体力がいる制作はどうもできない。なので、休んで寝ることにしています。

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2008年5月15日 (木)

中国四川大震災

13日は何していたんだろう?阪神大震災の30倍で、地球史上ないほど最悪の大震災だなんて。日が経つごとに被害の大きさがメディアに流れ、生き埋めになっているであろう家族を指さし悲痛に号泣する現地の人々の姿が映るなど目の当たりにすると、もう苦しくて、自分だったらどうだろうと、思考停止状態になるほどだ。
意識は全部つながっているというくらいだから、対岸の私たちにとって、出来る事は何なんだろうと考える。ミャンマーの天災にせよ、地球規模の天災は本当にこれ以上起こってほしくない。義援金送付はもとより、ご存命の方々、これから救済される方々の無事を祈るばかり。

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2008年5月13日 (火)

毎度、マイ箸の忘れ物

Rimg0010今日の寒さときたら、冬の装いに逆戻りで外に出る。家の中では寒くて震え、手がかじかむ。

神保町に打ち合わせに行った帰り、食堂に入った。
マイ箸、また忘れてきた。無印良品の束になってる竹箸を、手ぬぐいに2〜3膳包んで各かばんに入れてある。それで、この割り箸にも似た色合いのマイ箸=竹箸、3度に1度は忘れてくる。赤や黒の漆の箸は、やや忘れにくいようである。毎度毎度、懲りないことと言ったら。。。あー悔しい、もったいない。

*数年前、国立のアグレアブル・ミュゼで開催させていただいた「やさしいごはん展」の時の展示風景がでてきた。

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2008年5月12日 (月)

五月の寒空

Dscf7249今日はさぶかった〜。3月中旬の寒さとか。思わずしまったストーブ出そうかと思った。

実家から、好物のさやえんどうが、もう最後だというので(さやえんどうは寿命が短い)たらふく送ってもらった。ビタクラフト鍋に少量の水と塩をふりかけて湯がいて食べるといくらでも食べれる。その荷物の中に、苺もたくさん入れてくれた。真っ赤になる頃にはなめくじに全部食べられるらしく、やや青いうちに摘むらしい。土の滋養からなる甘い甘い苺で、スーパーに並んでるのとは全く味が違う。苺ってこんな味だったんだて思うようなみずみずしい酸っぱさと甘み、とっても美味しい。

やっと個展のDMの作品と、タイトルが定まった。明日デザイナーに提出してくる。だんだん部屋の壁が絵だらけになってきた。一枚出来上がると壁に貼り、眺め、また描き上げて一枚張り、今30枚くらい。この中から選別する。あと一ヶ月あるのでプラス30枚〜は描きたい。う〜ん、と悩んでは描きあげ、気にいらなくて捨て、また描いては捨てたり、と相変わらずの制作だが、まあまあ溜まってきた。だんだん楽しみになってきたぞ。こっからが本番。
どんどん描きまくって、こんな自分がいたのかというものが、内からでてきたらいいな。それが今回の展覧会の目標かな。

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2008年5月11日 (日)

神社もご縁

Dscf7216先日参拝に伺った神社。天照大神がご祭神でした。

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2008年5月10日 (土)

今日は雨

11昨日の写真。23度の初夏の夕空から一転、今日は8度下がって、やや肌寒の雨空。

今週からある学校に、デッサンの非常勤講師に行ってます。改めてデッサンの奥深さ、大切さを学んでいます。絵って面白いね、怖いね、その人が出て。

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2008年5月 9日 (金)

甘納豆

Dscf7231Dscf7233GW来てた母が持ってきてくれた切り花が、だいぶんしおれてきた。たくさんの海産物、野菜と共に持参してくれたお八つ、こちら甘納豆も食卓に転がっていたのでお皿に開けて食べようとしたら、あまりにも色が奇麗で、写真にとってみた。ソイラテとともにいただく。

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2008年5月 8日 (木)

Dscf7220街や遊歩道を歩いていると、緑の匂いがぷんぷん。緑やバラがもくもくと茂ってる塀の前で立ち止まり、よく見上げている。

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2008年5月 7日 (水)

皐月晴れ

Dscf7217今日は一日に出ていました。が、気温が上がっている時間帯は建物の中にいてわからなかったけど、暑かったらしい〜。皐月晴れを通りこして夏日のよう。

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2008年5月 6日 (火)

「荒れる法廷」の感動

080430_190901永山事件 永山文学 永山則夫という人についての、ひとたび書物を読み出すともう日夜目が離せなくなり、連日図書館通いと、本を読みあさる。製作中も、仕事中も描きながら考える(というか考えさせられる)。処刑後11年たった今になって出会った私でさえこうなのだから、関わった弁護人、支援者、引き受け人、編集者、文学界の人々、ベストセラーになった「無知の涙」をリアルタイムで読んだ人々、当時傍聴席に出向いた一般の、この事件をずっと眺めてきた人はもっとすごかったのだろうと思う。何しろ社会に与えた影響が多きすぎる。


10年近く前に、取材仕事で、最高裁の地下鉄サリン事件の林泰男被告(現死刑囚)裁判の傍聴席で聴く。なんと、隣には村上春樹氏がいた。地下鉄サリン事件を描いたアンダーグラウンドを執筆中の取材だったのだ。(*林被告は今年死刑確定となり死刑囚となる。)

次いで、コンクリート殺人、金属バット殺人、リンチ殺人、いろんな部屋を時間が許す限り傍聴したが、最高裁判所の法廷、あそこには人間というものの成せる生なましさや、壮絶なドラマがあって、創られたテレビなどのドラマや映画みるより今目の前で行われている現実のドラマに入って行く自分がいた。というかこの娑婆(しゃば)世界の縮図だと思った!よっぽど訴えるものが強くて感動した(というか心と目がはなせなかった)。あまりにも感動したので、しばらくは、法廷の傍聴席、あれは一生に一度体験しといた方がいいと友達知己にいいふれたくらいだった。永山事件を知るに付け、再び久しぶりに最高裁の傍聴席に行きたくなった。


あのときに傍聴席で感じた、あそこにたってる被告人は自分だったかもしれない(誰にもその可能性があることを痛感させられる)というリアル感が今でも時よく甦る。

「荒れる法廷」と言われていた永山法廷。つくづく思う、その傍聴席にいたかった。どれだけの歴史に残る名句を数々出したことだろう、書物を読むにつけ思う。現場にいたら鳥肌たつだろう。生の永山則夫に会ってみたかった。
きっとすごいドラマが繰り広げられていたに違い無い。弁護士や裁判官に怒鳴り散らし、退廷を命じられる永山則夫の発言はどれも私の心に響く。

罵倒、暴言、攻撃、「荒れる法廷」の永山則夫を望む弁護士は当然いず(永山自身も死刑を急ぎ、弁護人を望まなかった)、いても、接見に行く度「土下座しろ、お前等のようなエリートが俺たち下層民を生んだんだ」と罵倒されまくって会話にならなかったという。

しかし、後にこの事件に関わった歴史的な事件を勤めた数々の名弁護士たちの人生観を、180度変えるほどにもなる。弁護士は、関わる事件が長引き20〜30年ともなると、事件そのものが弁護士の生きざまであり、人生そのものになるという。出会った事件が人生観や弁護士たちの価値観を変えることになる。

そういった感動のドラマを生み出す事件法廷は数多くはないという。永山則夫には弁護人たち(思想にあわない弁護人は永山がすぐに解任していたため、総勢23人)の魂を動かす何かがあったという。


関わった名弁護士たちは、当初、死刑制度肯定論者だった。しかし、永山事件に関わる間に、確信的な「死刑廃止論者」へ変貌していく。

帝国銀行事件、松本サリン事件で麻原から弁護人と名指しされた、かの遠藤誠弁護士も、永山死刑囚の最後の弁護人を勤めその期間が短かったにも関わらず、死刑肯定から「死刑廃止論者」に変わっていった。

無期懲役の減刑が一時下された時は弁護人二人涙で永山被告が見えなかったという。傍聴席からも涙を拭う声があり世間をゆるがす。それも束の間、すぐさま上告破棄で死刑となり神戸事件少年Aへの世論の見せつけに処刑されてしまったが、ここに関わった永山則夫と共に生きてきた弁護士たちの言葉を今読んでいる。

弁護士にもいろいろだが、永山則夫に関わった弁護士たちはちょっと違う。永山則夫と犯罪者(被告)と弁護人という立場が違うだけどベクトルが同じだったのだと思う。本気で国の権力と戦おうとした。社会のもたらす犯罪と不合理な国家権力に媚びを売る弁護士も多い中、最後まで真実とは何か、正義とは何か、裁くということは何なのかの意義を求めた。永山則夫という差別の犠牲になった1人の人間の命を、それこそ命がけで救おうとした。彼等の流した涙の分だけこの永山事件は今でも光を放つ。

というわけで、途中の弁護人、大谷恭子氏の永山死刑囚とともに生きた記録の著書「死刑事件弁護人、永山則夫とともに」を読む。いかに彼の存在が社会(役人、弁護士に至るまで)に定義したものの偉大と、内在する綺麗なやさしい1人の少年の一面、弁護士が人間として関わった永山則夫がみれて感動。

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2008年5月 5日 (月)

最愛するものの側に

Dscf7202震えながら、冬の日を過ごして 煙りの溜息をはく
    人生の意義について 今ならはっきり語れる
    そのまえに もし 許されるものならば
    最愛するものの側に 行きたい そこで眠りたい

    四面蒼い海しかない 幼い冒険のあれ そうだろうか
    どこかで見た モナリザの笑みを思わせたあの人か
    美しいものを愛する なぜならば 私の魂は汚穢の見本
    最愛するものの側に 行きたい そこで眠りたい

    枯れ葉 散る 散って舞う 並木路の直ぐわきの
    ブランコ ジャングル・ジム 好きだった砂場 想い出のある公園
    私はベンチにすわり いちょうの葉のゆくえ目で追う
    最愛するものの側に 行きたい そこに往(い)たい

                      「最愛するものの側に」

  『無知の涙』・・・永山則夫/ 河出文庫 より引用

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2008年5月 4日 (日)

私は生きる せめて二十歳のその日まで。

Dscf7213「私の故郷(網走)で、消える覚悟で帰ったが、死ねずして函館行きの鈍行に乗る。このone week どうして、さまよったか分からない。私は生きる せめて二十歳のその日まで。最悪の罪を犯しても、残された日々を、せめて、充たされなかった金で生きると決めた。母よ、私の兄、姉、妹よ、許しは乞わぬが私は生きる。寒い北国の最後と思われる短い秋で、私はそう決めた」

2件目の事件後、函館行きの列車内で持参の社会科辞書に記す

〜連続ピストル射殺魔 永山則夫(当時19才)の手記より〜
 

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2008年5月 2日 (金)

緑と帽子ちゃん

Dscf7192Dscf7194神社のあたりは緑がふんだんで、土の匂いもして、空気がつめたくて美味しい。見上げても見渡してもさんさんと茂る緑を体全体で味わう。

この季節は日よけに帽子をかぶらないとなんだけど、いつものをかぶって出かけようとすると〜〜、ない〜〜!
以前はひと目惚れして買った帽子は、今やあまりにも当たり前になってて、無くなってみて改めて我が愛しさに気付く。他の帽子を二つかぶってみた。「あかん〜、あれやないと〜〜」ってやさがしする。昨日行った図書館に電話するが、ない。でてきたら連絡くださいと電話番号と名前をつげて切る。ショックーとベランダの窓閉めようとしてハッと気付く!洗濯したんや〜〜〜。と、みたら、洗濯ハサミにはさまりぶらさがって我が帽子ちゃんが空と遠くの緑をバック涼しげに揺れていた。とっさに洗濯ハサミからはなし、きゅ〜っと抱きしめてかぶった。すぐさま図書館にみつかりました!ありがとうございました。って報告す。流石に洗濯してました〜とはよういわなかったね。こういうぼけぼけがよくあります。しかし、良かったわ〜。愛しき帽子ちゃん。もう絶対はなさへん(忘れへん)わ〜。

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2008年5月 1日 (木)

バラの季節

Dscf7197今日も昨日ほどでもなかったが、夏日。本日から5月!はじまりの日なので近所の産土神社に参拝に行き、恵比寿に用事に出かける。と、いいつも中目黒から恵比寿の駒沢通りにつながる登り坂を自転車おして頂上に付くと、なんと東横線を後ろに望む塀に、真っ赤な薔薇が!あら〜。去年は気付かなかったわ〜と立ち止まって見とれる。
新緑の力強い緑にバラの花は似合う。

今日の永山(則夫)文学からの一節。
「自分の命は捨てても、自分の思想を残さなくてはならない。」
下層の人々が犯罪を犯すのは、無知と貧困(教育は裕福なものしか受けられない)のため。資本主義社会が生む貧しい者を一人でもこの地上から救いたい、自分のような人間を次に出してはならないと、獄中で執筆を続ける。書く運命だったのだと思わせるごとき高レベルの文学の数々。。。

「あなたは私の思想をこれ以上弁護する力がないようだ」と法廷中のやりとりの弁護人の見解、思想を観察したあと、突如、それまでついてた弁護人を解任する永山被告。全国に、国家社会の不条理と共に戦うべき、死刑廃止制度に尽力する弁護人を呼びかける。ベストセラーの「無知の涙」からの印税収入はその活動には一切使わないことを付け加える、印税はひたすら被害者の遺族に送ることが永山被告の執筆活動の希望だった。

詩集「無知の涙」の売り上げ部数は3版で6万部を超え、読者からの反響がすごかったという。「本当の民主主義について考えさせられた。いつの時代でも本当の正しさを知らされていない大衆の無知を反省したいと思う」 、「これほど価値観を変えさせられた本はなかった。悪とは、善とは、真とは...。深い感動をもって読みおえた。永山は無知であったことで、自分の犯罪の責任転嫁しているわけではない。充分苦しんでるはずだ。真に罰せられるべきは、誰なのか。」、「私は一介のセールスマンでノルマの達成に尻を叩かれて必死になってる日常である、永山則夫は、社会に対する、大衆に対する、他人に対する発言の機会がなく、ピストルを発射することによってしか発言できなかった」 など 多くの読者投稿のなかの一部 (死刑囚永山則夫 /佐木隆三著/講談社より引用)

そのなかでも、「聖書」よりも「無知の涙」からは本当の声が聞こえたと、生きる勇気を得た女性が、この著者である被告人を刑死させてはならないと立ち上がる。獄中の永山に生きる勇気をもらったと手紙を送る。過密な文通を経て惹かれてゆき、永山被告に粘り強くプロポーズする。当初遮っていた永山被告の心を打ち、獄中結婚し、共立運動をもって死刑制度を含めた国家社会の不条理に立ち向かう。
その女性(後に妻)に絶えず、「あなたは生きなさい」と励ましつつも、当の本人、永山被告自身の心中は生きようとはしていなかっと言う。処刑を覚悟し、限りある命のなかで、書く事でことで遺族に償う。そして社会を変えようとした。
そんな永山被告が呪文のように彼女(妻)に告げる台詞が、

「自分の命は捨てても、自分の思想を残さなくてはならない」

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