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2008年6月18日 (水)

果物の日和

Dscf7812Dscf7815Dscf7818曇りの東京。本日は渋谷区松濤に現代陶芸家、板橋廣美先生の作品展に行く。松濤行く度に思う、ほんと高級住宅街。停車中の車ほとんどベンツ。住宅の佇まいも高嶺らしく静かで広々してる。そんな住宅街の中からギャラリー探したら、賑やかな渋谷Bunka村からすぐのところにあった。相変わらず作品が素晴らしかった。アクリルケースに入った磁器板に磁器のオブジェが宝石のようにあしらわれており、値段も一般人に手が届くほどで、とても欲しくなった。しかし、いいなと思う作品は既にほとんど売り切れていた。私にも手が届く値段という理由でひとつ持っておきたいと、まだある作品の中から選ぶというのはどうだろうとしばし考え、悩みに悩んだ末にギャラリーを後にした。狭いギャラリーなのに自分では結構長くいたと思う。芸術の値段って何だろう、私には今日の板橋廣美先生の作品は安すぎて思える。ギャラリーのオーナーも他のお客さんともども、安い、今後こんな値段では手にいれられないだろう、と話していた。しかし作品を買う事に慣れていない人、人間が作った美術品(作品)を買うという発想がない人には、なんて高いんだろうと思うかもしれない。ここに芸術の値段に対する価値観の論点がある。今日の作品の中で一番心が惹かれたものがあったが、あれがいくらでも、欲しかったら買っただろう。芸術の値段ってそんなものだ。自分にとってなんとしても手に入れたいものは値段なんて関係なくなる。

一方で、よく百貨店などで、何百万という値段をつけて売ってる絵をみて、ただでも要らないと思うのもある。今日も松濤の住宅街の中で中学生の描いた素晴らしい絵を発見。思わず引き込まれる。たまに、道ばたで見つけた絵に、買いたいと思う程引き込まれることがある。この絵を所有したいと。お金を出して作品を買うこと、その価値とは、、ほんと自己満足と言えばそれまでで、なんとも面白いと皮肉も込めて思う。

家にはそうやって買ってきた陶のオブジェ作品や絵が飾ってあると、すごい〜これいいって手にとって眺める人、これいくらだったの?ええ〜〜信じられない、こういうのをお金出して買う行為がわからんと言う友達、昔から両方いて、両方から聞ける感想が私にはたまらない。そのようなものにお金を落とす精神がわからないと、そうやって言われるのも嬉しい。自信があるからだ。
作品を買うのってとても気持ちがいい。所有するってことの快感。プラス、究極の大人買い、プラスその作家に1票投じれたことの自己満足感など。究極、その作家の行為に参加するってことなのかな。

*今の季節、あ−カラスが羨ましいと眺める枇杷の木。目が覚める初もの桜んぼ。

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