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2008年7月20日 (日)

続・何ものかにつくらされていている

20080710095131もう何年もほったらかしにしているHPのcooking。このcookingを何に変えようか今悩んでいて、とりあえず、実験的に新しくブログを立ち上げてみました。ブログは実験、HPは実験、絵はまさしく実験の連続。全く予測つかない、しかしイメージし引き寄せを試みる私の人生そのものが実験。

絵が上手くなりたい。そのためにブログをやり続けている。ブログは、絵が上手くなりたいがための、表現の訓練としての格好の道具。絵の上達、そのことと文章の訓練は別ではない。つまるところ、表現の力はどこにでも通じるデッサン力。尊敬する画人は例外なく文章が上手い。巧い(うまい)というのではない、心でもって強くデッサン表現されている。文章が上手くなったら必然的に絵は上手くなる。不思議なくらい、連動している。

そしてもう一つは、これはネタ帳。頭に浮かぶよしなしごとを記録する。このブログの中には自分が将来かたちにしたいものへのヒントがたくさんある。自分のための大切なネタ帳。

そして、思いを伝える訓練。これがなかなか.....自己満足から脱せれず。。。日々俯瞰の訓練。


写真は子供の作品。この素晴らしき通信機器たるや。。。完璧!3つあっての宇宙なんだけど、一番左、頭にささってる土の子が最も極めつけのお気に入り。
先日、「アボリジニが生んだ天才画家 、エミリー・ウングワレー展」を観にいった。今年一番の展覧会(まだ後半が残ってるがほぼ間違いなく)だと思った。
手(筆)で描いていない、からだで描いている。描いているのではない、実は、描いていない(つくっていない)。何ものかにつくらされていている。生まれてくるものをただ描写するだけの作業。受信したものを信じきっている。受け入れている。そこに迷いがない。エミリー自身が(天から大地からの)最良の通信機器(シャーマン)であるということ。そこには、自分でこうしてやろうという欲もない。精度のいい通信機器であるために、エミリーは常に、自然とつながる自分の魂を磨き、その魂と対話していたのだろう。自然と繋がり、伝達すべく通信機器としての機能は、例外なく全ての人間に本来備わっている能力だと思う。子供を見ていると、ちゃんと繋がっているな、何ものかにつくらされている、その通信機器(道具)としてちゃんと機能しているなってよく思う。そのためには、、、言葉を信じるな、ってことも含まれていると思う。言葉ではない、頭であってはならない、感じること。究極それだけかも。

写真撮影 : K

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