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2008年9月

2008年9月26日 (金)

あかい実

Dscf9820_2Dscf9821_3昨日の結城紬の行程、草木染め工房のほうの庭になってた、ざくろの実。ひとつ。心が和む〜。


Dscf9876これは藍染めの行程で、紐で強く一定の間隔で絞ってある。男の仕事らしい。結城紬というのは昔から半農半紬(はんのうはんつむぎ)というわれるように農家の暮らしの一部で、農業の合間に家で女性が織り、男性が染めたり絞ったりとする夫婦役割分担、家庭のなかの仕事(伝統工芸)で、家庭調和・夫婦和合の着物と云わるらしい。すばらしいじゃないですか〜。

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草木染め・藍染め、織りの宇宙〜重要無形文化財・結城紬〜

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今日は、着付けを教わってお世話になっている大貫先生の師匠の甥っ子さんが守っていらっしゃる日本が世界に誇る伝統工芸、国宝、重要無形文化財指定の結城紬(ゆうきつむぎ)の本場栃木(茨城をまたぐ)工房に連れていっていただいきました。いや〜実に感動した。

蚕から真綿をとる作業、そこから一本の糸をつむぎ、天然の草木の命から染め、長いものは一反(着物一枚が仕上がる布の長さ)を一年かけて織る、結城紬の反物の行程を全て見せていただいた。

縦糸と横糸をつむぐ「織り」は、宇宙に似ていると云う。精神性、心の修行である。朝と夜では気分も力加減も違う、それを織りに出してはいけない、織りは正直、全部心が映しだされる、常に平常心を保ち、織らなくばならない。一本の糸に命を吹き込む作業、気が遠くなるような仕事を丹念に地味に丁寧に、人の手でつくられていく結城紬。

着物の世界は深い、まだ右も左も解らない ド素人だが、昔からきらびやかな色の世界、友禅の染め物より断然、私はこの一本一本の糸を縦と横に重ね合わせる「織り」の世界に惹かれてやまない。

草木染めにも非常に興味がある。中でも藍染め。この藍染めの窯はこの地方ではここだけしかもう残っていないらしい。藍はもともと緑の草で、薄い桃色の花をつける(写真中頃)。芽がでかけたとうのあたりを天ぷらにすると美味しいとか。その藍は最初緑色の液体なのだけど空気に触れて発酵させていって藍色に変化していくらしい。一反(着物一枚が仕上がる布の長さ)の糸(真綿からなる)を60回にも及ぶ染めの行程で、深い深い藍色に染めあげる。そこには職人の魂が入っているのはもちろん、藍の命が生き続けている。
からだにつけると殺菌消毒作用があり、痛みや虫さされの幹部に藍染めの洋服や布をあてるといいらしい。憧れの藍染め、その最高傑作を見る。溜め息がでる。日本の伝統、魂を感じる。ちょうど見学にきていた小学生に混じり、職人さんが使っている藍の窯で私たちも染めさせてもらった。

そして突然変異で生まれたこのあたりにある思川桜(おもいがわさくら)で染めた紬の美しいこと。
地味な仕事ほど重要で、表をひきたてている。着物はあでやかで美しい世界どこにいってもまけないくらいの素晴らしい民族衣裳だけれど、それをつくる、一枚の着物ができるまでのそこに関わった自然と人たちのストーリーを直に感じることふが出来て幸せでした。

憧れの結城紬を受け継ぎ残したい職人さんたちの思いは直に深く深く伝わってきました。憧れの結城紬を着る時にあの職人さんたちの思いが入っていると思うと、ありがたくてありがたくて、呉服屋さんでは決して得ることのできない感動をいただいてきたのです。いつまでもこの方たちの想いが日本の自然の魂が未来に受け継がれていきますように、応援させていただきたい。心から祈ります。

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2008年9月24日 (水)

平和の祈り〜おはなしの灯〜

Dscf9769_2昨日は国立にある、大好きなアグレアブル・ミュゼに平和について語り、祈る、ピースウィークイベントに伺いましたた。いやあびっくりしてしまいました。感動で胸が震えて。
期待せずに伺ったのです、そしたら度肝抜かれました。戦争について平和について各々が持って来た絵本をろうそくの灯もとで朗読してくれるのです。

最初の「地雷より花をください」の絵本の朗読から長い時間鳥肌が続き胸が熱くじんじん響きました。

あんな体験ははじめてでした。何度も泣きそになりました。25人くらい参加されていたがみんな静かにそのおはなしの中に入っていって、その場にいる人たちの心はひとつでした。

その場が平和そのもの、「平和ってなんだろうって考えた、使い古された言葉だけど、こういうことが平和なんだっておもいます。」と感想をいわれてた方がいたが本当にそう思いました。一人一人が自分らしく生きられること、鳥や、草や木が、生き生きとうたっていること。毎日こうやって生きていられること、ごはんが食べれること、数えたらきりがないくらい日々日常の中にある。
一人一人の心の力ってすごいなと思いました。
こんなに満たされたライブ体験、こんな場に招いていただいて、与えてもらって感謝の気持ちでいっぱいでした。魂が歓びてふるえていました。

絵本朗読のなかのあとがきで心を打った祈りのことばがあって思わずメモに書き留めました。かのマザー・テレサが最も愛した祈りで毎日祈っていたといいます。私も唱え祈り、ちかずきたいと思いました。


----アッシジの聖人 フランチェスコの<平和の祈り>----

主よ
私をあなたの平和の道具にしてください

憎しみのあるところには愛を

悪のあるところには許しを

不和のあるところには和解を

誤りのあるところには真実を

疑いのあるところには信仰を

絶望のあるところには光を

闇を支配するところには光を

哀しみのあるところには喜びをもたらす人にしてください


主よ
慰められるよりも慰めることを

理解されるよりも理解することを

愛されるよりも愛することを求めさせてください


なぜなら
人は与えることによって与えられ

自分を忘れることによって自らを見いだし

許すことによって自らも許され

死ぬことによって永遠の命に生きるからです

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2008年9月23日 (火)

歓びの種

Dscf9661昨日は恵比寿のEkocaで「お茶のうつわとお茶まわりのもの。珈琲と紅茶と焼き菓子と。」展が始まって、布作家の石川ゆみさんもいらっしゃるということで伺った。最近頻繁に行ってる。Ekocaの空間はとても好き、ほっとする。何より福地さんの人柄がものすごくいい。今日行ったら、こないだはじめて連れていった友達の女子美の彫刻の先生やってる美紀ちゃんが高円寺から友達にプレゼントの弁当箱を買いに来てたって聞いて嬉しかった。よっぽど気にいったんだって思って嬉しい。

今日は並んで、めちゃくちゃ魂が潤う場所に出会ってしまった。感動で震えた。私が生きてる中で大切にしたい事や目指してるテーマが全部そこにあった。あまりにも素晴らしかったので何回も足を運び、トータルで2~3時間はそこにいたと思う。3つアトリエがあって、今日は2つ行った。途中、広尾のギャラリーで働く友達のめいちゃんにそこで買ったものを自慢しに行った。そもそもはめいちゃんがそこで出会ったものを身につけて家に遊びにきてくれたのがきっかけ。ギャラリーで掃除してためいちゃんとひとしきりそこのことで盛り上がっていたらまた行きたくなって戻り、暗くなるまで別館の畳のアトリエに上がってしばし暮らしてしまった。懐かしいし、嬉しいし、癒されるし、大好きな自然のなかと、大きい絵の前にいるような感覚だった。めっちゃ感覚的で抽象的だが、それくらいハッピーになれる潤いの場だった。

そこに気になるネックレスがあって、私があまりにも気にいってじーっと手にとって眺めていたら、海がテーマでつくられたとい教えてくれた。そこは根底が海がテーマ、プラス ネイティブアメリカン(先住民)、ネィティブ、地元。石が連なっていてそのヘッドにあるどんぐりの形をしたシルバーペンダントの中には種が入っていて(実際いろんな種が入っていた)「幸せ(歓び)の種を蒔くという意味があるんです。」と説明してくれた。ものすごく惹かれた。今日は買えなかったけど(というか買わなかった)あれ、めちゃ欲しい。幸せ(歓び)の種を育てたい、蒔きたい〜。

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2008年9月21日 (日)

「死への旅立ち」の瞬間

昨晩たまたま観た「千の風になってドラマスペシャル」。太平洋戦争末期の特攻隊の死に行く姿、本当にあった話しを今でもなお生きてその慰霊の前で思い出話しをする、当時のなでしこ隊〜少女達が語る、婚約者、子供、かけがえのない家族を失った愛しい人たちを亡くした思い出の映像作品。

とてもよく出来た構成で、画面に吸い込まれる。

戦争ってなんだろう?
身を剥ぎながら家族や大切な人への想いを断ち切る、涙を見せてはならない、振り返ってはならない、我が人生の未来を語ってはいけない、絶たねばならぬ夢がある。愛する人に綴った最後手紙、遺書を書く。母という字を8回書いて飛行機に乗る。国の為に、愛する者のために、死に行く。相手を殺す、それが美しいとからだに教えこまれる。そこにはリアルに死がある。戦争ってそういうものだと云う。

残された人たちのが辛い。いくら時間がたってもずっとからだに刻まれる。婚約者の煙草の吸い殻を今でもとってある人。愛する人の特攻隊の軍服を抱きかかえて泣く人。慰霊に水を今もなお捧げる人。
60年以上たった今でも、彼女たちはリアルに当時の想いを話し、からだに刻まれた哀しみが痛切にこちら側に伝わってくる。「未だに忘れられません」、口を揃えて云う。この想いと記憶を私たちは、生きている限り若い人々に伝えていかなくてはならないと慰霊の前で手を合わせて語る。

今のこの時代に、赤紙が来て果たしてどれだけの人間(男子)が、愛する人のために大切な人を守るために、命を投げ打って死に行けるだろう。みんな逃げるんじゃないかな。

映る桜の木が花が哀しい。とても辛く痛いドラマで、見ていられない場面が多々あったけど、最後まで目が離せなかった。命の重さについて考える。戦争について考える。今の自分の悩み事なんてちっぽけに思える。

当時のあの人たちの想い、死があったからこそ、今の私がいる(私の命がある)という事実は変えられない。

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2008年9月20日 (土)

元気くん

Dscf9659部屋から眺めるビックな空!台風一過の今日。透き通る空と太陽の眩しさに心が洗われる。

格闘技をやっていた頃、いつもリングの上から試合終了後「We Are All One」と各国の国旗が小さく書かれた旗を揚げ、オーラの泉に出演時、「僕のあとをよろしく」と江原啓之さんに云われたていた須藤元気くん。今、リングを降りて、精神世界、神秘学方面の執筆作家活動にいそしんでいる。彼の書いた本はどれもクスッと笑えるユーモアがある。目に見えない世界の大切さをユーモアを交えてうたっている。そして大概最後が「We Are All One」」で締めくくられている。
今、読み直しているダリルアンカを媒体として宇宙生命体との対談集「バシャール スドウゲンキ」のなかにかかれてたけど、現在須元気くんが宇宙をテーマにした映画制作をしているらしい。その映画も楽しみだけど、ゆくゆくは政治の世界に進出したいとバシャールに打ち明けていた。スピリットはずっと格闘家そのもの。元気くん、めっちゃ楽しみなんですけど。。。


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2008年9月19日 (金)

おっけ〜

Dscf1076大丈夫やよ〜。

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バシャール スドウゲンキ

Dscf1048最近、また バシャールと須藤元気くんとの対談「バシャール スドウゲンキ」を読んでいる。
その中で気になる箇所のひとつ。

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あなたのまわりの世界は、あなたの意識の波動が映し出されたものです。ですから、もしあなたが存在していなければ、あなたのまわりの世界も存在しないのです。

物理的な現実とは鏡にぎません。どんな波動であれ、あなたが送り出している波動を鏡のように映し出してくれるだけです。鏡を見た時、鏡の中に映っているものが自分そのものではないことはわかりますね。鏡のこちら側にいるのが自分だというのはわかりますね。
物理的な現実とは、あなたの外側にあるのではないのです。あなたの意識の内側にあります。それが外に映っているだけです。
しかし、地球上の多くの人は、鏡に映っているもの、投影されているものが現実であると考えるよう教えられていますから、現実を変えたいとき、自分自身を変えるのではなく、鏡に映し出されたもの、投影されたものを変えようとしてしまいます。

でもわかりますね。この物理的な現実は投影にすぎないのですから。まず自分自身を変えない限り、物理的な現実はけっして変わりません。わかりますか。

『バシャール   スドウゲンキ  /著者:ダリル・アンカ×須藤元気 /VOICE出版』より、バシャールの言葉から引用

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2008年9月18日 (木)

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2008年9月14日 (日)

ゲイサイ

1234今日は東京展示場というところに、村○隆主催のGEISAIというのもを初体験しにいきました!大阪から出展中のかわい子くんたちが勢ぞろいでそりゃあいかんとあかんと駆け付けてみたのですが、エントランスから放つエネルギー、実にきもちわるかったです。吐きそうでした。
かわい子くんたちの生の作品たちが観れたことや、彼等の元気な笑顔とかきれいなもので癒されましたが、あんな気持ちわるいところはもう行きたくありません。
な〜んて。。。でも、9割5ぶはほんとうの話です。若者のパワーにあたしは元気もらったよ、ありがとう〜。56

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2008年9月12日 (金)

プアーイズビューティフル!

Dscf9016昨日は大阪から上京中の絵描きの原康浩くんと、隣町に住むめいちゃんと飲む。原くん相変わらず天才やな〜ってめいちゃん絶賛。25才やって、若いわ〜、GEISAI頑張ってね〜。

プアーイズビューティフル!これは江原啓之さんの言葉。あほ程きれいなものはない。という意味らしい。何年か前に読んだ江原さんの本の中でこれがとても心に残っている。私の座右の銘は『人事尽くして天命を待つ』。これに『プアーイズビューティフル!』を加えようと思う。笑!


昨日の「てんつくマんのアホな男の遺言」メルマガも良かったので、覚えに張り付けます。興味がある人は読んでみてください。長いけど、読む価値がありました。「なるほど!」って唸ることが私にはありました。
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今日から大阪の心斎橋パルコで個展なんや。

個展っていうのは、会場に父ちゃんが筆で書いた言葉が額に入って販売したり、書籍や日めくりカレンダー、伸びるフォークつきお箸など、環境のことを考えたグッズが販売されてるねん。

そして、そこに来てくれた一人一人にインスピレーションで言葉を書いていくねん。

おそらく、今日までで10万人以上の人に言葉を書いてきたと思うわ。

父ちゃんがなんで個展をするか?

それはな、人間の可能性は無限やで〜っていうことを伝えたいからやねん。

今日のたった一歩、たった一人の一歩から世界は未来は劇的に変わっていくんやで〜ってことを伝えたいんや。

昔からそうやねんけどな、国や世界を支配しようとしている人達がいてな、この人達はマスコミや情報をいっぱい使って嘘をついて、一人一人のやる気を奪っていくんや。

例えばね、北枕で寝たら縁起が悪いっていうやろ?

あれは、実は北枕にして寝た方が、人はエネルギー高い人になるねん。

一人一人が力をつけたら困る王様が、北枕は縁起悪いで〜っていう嘘を流し、みんな北枕をやめるようになった。

日本は戦争で負けてから、ずいぶん、アメリカに洗脳されてきたんや。

アメリカは日本人の大和魂というものを一番恐れててん。

国の為に、未来の子供達の為にと、自分の命を捨てる特攻隊に恐れていた。

アメリカは戦争に勝ってから、とにかく、日本の大和魂を失わせる為にいろんなことをしてきた。

小麦をいっぱい輸入させて、ご飯からパンや麺類に変えさせた。

一国をつぶす為になにをしたらいいか、そんなんは簡単やねん。

食料自給率を徹底的にさげさせることやねん。

自分達でエネルギーや食料が作れなかったら、誰かに助けてもらうしかない。

「すいません、アメリカさん、食料が足らないんです。譲って下さい」

「そうか、じゃぁ食料を売ってやるから、この条件を飲みなさい!」

「分かりました」

そうやって、今まで悪条件をいっぱい飲まされて来た。

今のお米の問題なんかあきらかにそうやろ。

だって、日本はお米が余っているのに、なんで毎年、アメリカからアホみたいにお米を買わさせられてるん。

おまけに、農薬たっぷりのお米を。

アメリカは日本人、一人一人が国のことや未来の子どものことを考えないように、欲望を満たすというプレゼントをいっぱい与えた。
映画、スポーツ、セックス、ファッション、グルメその他、もろもろ。

そして、一番の洗脳は「一人がなにかをやったところでなにも変わらない」というものやった。

見事にこの60年間で日本人は洗脳されてしもうた。
でも、大丈夫!

今、みんな気づきはじめてん。

種を植えたら、野菜が果樹が米が育つということ。

あんまりむずかしく考えないで、ほんの少しでもいいってことを。

プランターでも良い、飲んで捨てようとしたヨーグルトのカップでもいい。

そこに土を入れて種をまけば、それは実となり、花となる。

それを思い出し始めた。

食料自給率を徹底的にさげさせるために、アメリカが仕組んだのは土を破壊すること。

それは、農薬。

農薬は土だけじゃなく、川も海も破壊して、食べ物を徹底的に減らすこととなった。

目の前の一時の収穫に溺れた農家さんは、それはしょうがないよという言葉とともに、いっぱい農薬を使った。

大量の農薬はその土地の土を殺す。

そこに土地があっても、そこで野菜は作れない、米は作れない。

じゃぁどうする?

海外から買うしかない!になる。

でも、それにも多くの農家さんや若者達が気づきはじめ、農薬を使わない、未来につなげる農業を始めた。
一時のことだけじゃなく、孫も含めて一生のことを考えた農業がどんどん広まっている。

残念ながら、政治というのは海外から多くの圧力をかけられている。

だから、どうしてもNOと言えないことがある。

じゃぁ、あきらめるのか?
そんな必要はない。

一人一人がマスコミから流れてくる情報に振り回されず、しっかり自分の意思で心で一つ一つを選んでいくことなんや。

生物界には、262の原理っていうのがあるんやわ。
人間の世界にも、蟻の世界にも、微生物の世界にもあるんや。

2は自分の意思で動き人にこうしようと指示するチーム、6は誰かの指示を待って動くチーム、残りの2は他人の批判ばっかりして自分は全然動かないチーム。
それを、知っておくといい。

そして、出来るだけ、自分の意思で動きながら、こうしようって提案する人を目指すんやで。

この自分で動くチームの人は、批判する2のチームに叩かれる。

でも、それでも歩みを止めず、進んでいくんや。

そしたら、6のチームがいつか力を貸してくれるようになる。

今まで、自分がやってもなにも変わらないと言っていた6のチームが今、ひょっとしたら、自分が動けば何かが変わると思い始めた。
そして、少しづつ動き始めた。

歴史を変えるきっかけははじめの2の人。

そして、実際に歴史を変えるのは、6の人。

人は無限の力を与えられ生まれてきている。

あれはイチローだから。

あれは中田だから。

あの人達は天才だから、あの人達は才能があるから。
そんな言葉を使わないで、この言葉を使おう。

「誰かが出来ることは、次の誰かが出来る」

「あいつ凄いなぁラッキー、オレもあいつと一緒の人間や」

そして、自分の中でこの言葉を封印したほうがいい。
この言葉を世界を支配したい人達は徹底的に伝えてきた。

この言葉を封印するだけで、劇的に世界は変わる。

その言葉は「自分のことでせいいっぱい!」

疲れた時、思わず言ってしまうこの言葉。

この言葉を使ったら、もう一回言い直すことを父ちゃんは進める。

「今、しんどいけど、1分だけなら、話を聞くよ。一分だけなら力を貸すよ」

無理しなくていいよ、ほんの少しだけ、誰かのことを考え、動き、力になる。

それが大きな大きなことやから。

愛を込めて伝えるよ。

今こそ自分の可能性を信じてあげて。

信じることが出来なければ、動いてみ。

なんでもええから、目の前の人が喜ぶことを動いてみ。

その行動が自信をプレゼントしてくれるから。

勘違いしたらあかんで、お前は一人じゃない。

みんな繋がってるからな。
一人だけで頑張るなよ。

一緒に楽しもう。
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「てんつくマんのアホな男の遺言」〜アホになれ!そしてゆこう!〜より引用

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2008年9月 9日 (火)

1/4の奇跡

1昨日は養護学校の山元加津子さん主演の映画、 1/4の奇跡を観に行った。半年前に一度見て、今回2回目。映画が始まる前、「アウト・オン・ア・リム」、「アルケミスト」、「前世療法」、「ザ・シークレット」の翻訳者、山川鉱矢・亜紀子夫妻が映画が始まる前と後に講演をされた。すごい豪華な時間だった。あの山川鉱矢・亜紀子夫妻を拝見できて、話しを聞けたのが夢のようだった。そして、今回で2回目の1/4の奇跡は、やはり凄かった。この映画をはじめてみた時、衝撃だったけど、今回もいろんな発見があった。今だからこそ理解できたシーンや内容があったり。
山川夫妻は、映画が終わったあと、今、この時に、この場所に、この映画をここに観に来ていること事体偶然ではなく必然、すべからく意味があります。横にいる人、近くにいる人と話しをしてみてください、そこにその人たちがいることも偶然ではないのです。とおっしゃっていた。
ザ・シークレットを翻訳されてた山川さんご夫妻の感動の話しがたんたんと語られて、そこにはザ・シークレットを手にし、実践してる人の言葉の重みがあった。毎日この瞬間も奇跡が起きています。私たちがここに生きていること自体、奇跡なのです。
ん〜、この感動が言葉にできないけど、絶妙なタイミングに全て仕組まれていて映画ともども感動しまくり。

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2008年9月 8日 (月)

「天上天下 唯我独尊」・・・仏陀に恋して

40浄化作業まっただ中にあっては、さまざま感情が溢れでて、
自分の中の景色が毎日刻一刻と変化していく。日々変化するそれをただ感じるのみ。
一転してまた自分の中が激しく荒れている。怒りで震えている。
炎天下快晴の空、一転してバケツをひっくり返したような豪雨、雷の音。
自分の中で起こる感情の激しさは、このところの激動の天候に驚く程似てる。
中からどんどん溢れ出てくるそれを、もう一人の自分が眺める。
どんどん溢れ出ればいい。手放せるようになるまで、とことん味わい受け止めよう。

インドまで会いに行ってはないが、仏陀(お釈迦様))が大好き。
仏陀(お釈迦様)の教えは私にとって光。
敢えて言うなら、私は仏教徒。

8という数字が好きだ。8は仏陀と縁の深い数字
横にすると無限大『∞』。漢数字で末広がり『八』。
仏陀が大好きで、この日を真似した。選んできた。

仏陀は4月8日に生まれた。
生まれ落ちた瞬間、7歩歩いて、右手を高く天に上げ、左手を地に指した。

「天上天下 我にあり。唯我独尊」
=天であろうが地であろうが自分より尊いものはない、と発した。

この言葉、とても深い。

私はこの歳になってようやくそれが腹の底に落ちた。
自分が求めていたものや大切なものが、全ては自分の中にあったということに、
40年かけてようやく行き着くことができた。
この40年はそこに辿り着くためのものだったと言える。
自分は、外にはないということに。

「天上天下我にあり。唯我独尊」 / 仏陀(釈迦如来・釈尊・ゴータマシッタブッタ)


合掌。

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