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2008年10月21日 (火)

民芸の美しさ

Dscf4135「少年民芸館 」
この本は、ものの見方、生き方のお手本にもなる、私の聖書です。
時々本棚から引っ張り出しては眺め、浄めてもらっています。地味で丁寧につくられた児童書。

子供に向けた文章ですが、決して子供の年齢まで降りて話をしていません。大人の言葉のまま、子供というちっちゃい人間に向けてまっすぐ丁寧にこつこつと説かれたものです。感性のいい子供のことだから直線ですぐ伝わるのでしょう。大人の心にこそずしんずしんと響く高度な児童書です。この柚木沙弥郎の装丁にも癒されます。

「少年民芸館 」本文の中から引用。
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人間は誰でも毎日親しくしている友だちの影響をうけて、知らず知らずのうちに良くも悪くも変わるものです。
毎日一緒にいるもの云わぬ友だちは、人に強く影響を与えますから、私どもは用心せねばなりません。

もの云わぬ友達というのは、毎日いっしょにいる道具類のことです。人間は誰でもみな丸裸で生まれて来ますけれども、必ず多くの道具を使い、それにたより守られて、長い一生を暮らしています。
その道具が良いか悪いか美しいか汚いかで人間の心がけが変わるのです。
この「少年民芸館」は、見せかけの駄目なもの、着飾った怠けもの、高くて威張らない美しさを備えてよく働く、良い友だちをみなさんに紹介したいと思って、世界中の美しい工芸品を選んで並べました。

これらのものを作ったのは、特別に偉い人ではなく、世間に名を知られていない普通の工人たちです。

ですから、威張ったり怠けたりしないで、せっせとあせらずに仕事をして腕を上げ、健康な物を仕上げて多くの人々に安くゆきわたらせるようにしました。

このような、ものの本当の美しさを見つけてよろこび崇めたのは、四百年前の茶道の先祖たちと、昭和時代の柳宗悦(やなぎむねよし)という先生です。
先生は民衆の間で働く道具だから「民芸的工芸品」と名付け、これをちぢめて「民芸品」と云われたのです。

「ミンゲイ」という日本語がそのまま広まって世界中どこでも通用するようになったのは、民芸品の美しい形や色とその心がけが、私たちの毎日の暮らしを助け励ましてくれることが、多くの人々によくわかってきたからなのです。


そこでこの「少年民芸館 」を見てまわりますと、どれもみな、よそゆき、みせもの、飾りものではなく、私ども誰とでも毎日いっしょにいて、よく働いてくれる道具、もの云わぬ良い友だちばかりです。そのような働き者のことですから、どれも健康でたくましく、無駄のない威張らない美しい色や形をしていて、いつでも誰でも心からたよりにすることができます。

「民芸品の美しさは謙遜(威張らない)の美しさです。第一にこのような道具を作る人たちは威張っている人たちではありません。名はわかりません。何とかして良いものを作って、安く広める役目をよろこんでいます。中略/そういう威張らない美しさは、奉仕(人に支える)の美しさです。一軒の家でもお母さんは威張っていません。台所や洗濯などをずんずんやります。そして少しも報いを求めないのです。」


そのような良いものを、昔も今も、名もない人々が私たちのために作っていることを尊び、名もない人々の内にひそんでいる力を崇めてください。


良いものを集めるのに、一つのものから始めるのがよいと思います。たとえば、一つの湯のみを選んで使い始めると、次に、ご飯茶碗やお汁碗が加わって、いつとはなしに家中のものが変わってきて、心の持ち方まで良くなるのがわかります。


「少年民芸館 」用美社刊/本文の中から引用。
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地味にこつこつとひたすら奉仕に生きた、昔の人たちの力はほんとうにすごい。今でもそうやってこつこつと地味に働く人たちによって作られた、もの云わぬ道具たちにやどった命を崇めたいと思います。

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