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2009年8月25日 (火)

銀座に書道鑑賞

2009_0824ag昨日は今指導を受けている、書の先生の展示に銀座に行ってきました。暦上、今月一杯しか着れない今年最後の浴衣を着て。

字を絵のように描く書道団体、経歴や年齢は一切通用しないという、風林火山の書を作成した柿沼康二も所属する独立書人団体の理事、審査員を今はやっておられて、書と篆刻の両方をつくられる。私も書の他に月に1回は篆刻の指導をうけている。その先生の師匠が小木太法という書道家で、私は、この方の字と篆刻にはだだ広い会場(新国立美術館のような空間)の中でも足が止まるほど好きだ。一度観ると忘れない。絵のような篆刻に書。


そもそも独立書人団に所属する書家たちの書はだいたい好きだ。派閥も規制もない。正真正銘の自由。そして書が芸術であることを感じる。

小木太法さんは私の大好きな中川一政と生前交流があったようで、一緒に仕事したり中川一政の篆刻集や今は手に入らない貴重な本を、弟子である先生は譲り受け、ご自宅の書斎で見せていただいたり、「こんな愛らしい字を描く人はなかなかいないね、失敗してもそれがいいといって治さない」などと中川一政のことや、作品つくりのエピソードを聴けるのも大きな悦びとなっている。先生の師匠、小木太法さんは大の骨董好きで魯山人の作品もいつくか持っているというそれ(本物)を嘘のような値段で入手する際のエピソードも大変興味深いのだ。骨董屋の主人より目利きで、骨董屋が見抜けない本物の直筆(いろんなパターンの)サインを見逃さなかったり。小木太法さんの話を伺ってると、評論家になる必要はないしなってはならない、が、本物を観ぬく目が芸術家には肝要、このことをいたく知る。

私が指導を受けてる書の師匠(先生)は、今年還暦だが、こんなに奇麗な目をした少年みたことないってくらい純粋な透き通った心が目に映し出されていて、毎回先生宅に伺う度に感動して帰ってくるのでした。うちの相方も、あんな少年みたいな人。。。と初めてお会いしたときに同じような印象を受けたようだった。今日の展覧会でも、相変わらずどこにいてもはにかみ人の目を見れない純粋な少年の目をした先生がいました。芸術家は心をいつも奇麗に掃除しているほうがいいし、そうでないと閃きを受けとることができないのでしょうね。

しりめつれつレポート  書道鑑賞三昧の日々。

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