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2011年1月22日 (土)

比叡山 律院の護摩焚き

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20日の深夜バスで、滋賀県の律院に行きました。21日の不動明王の護摩焚きに参加するためです。ここのお寺はとても気が奇麗で、心と頭から足のつま先まで清めらるような感覚です。JR坂本駅を降りて、比叡山の日吉大社の鳥居をくぐったときから空気が違います。

わき水も澄んで奇麗。この辺、比叡山なので寒く、雪が降ったあとの積もりがありました。
11時から護摩焚きが行われるのですが、今回は日吉大社も折角なので参拝させてもらってきました。お茶をして、そのあと、律院に伺い、護摩に願いごとを書きます。その後、阿闍梨様に面会に行きました。そうしたら、北海道から飲食の経営者、社長、代表らの団体さんらが護摩焚き祈願のため来られたようで、あと、富山から首が動かなくなった方も面会にこられ、その他、はるばる遠くから来られた方々がぎょうさんおられました。

阿闍梨さまにお菓子をたくさんいただいて、護摩焚きに参加させてもらって、精進料理をいただき、もうひとつお参りして、京都駅でお茶して新幹線で帰ってきました。

弟子の僧侶たちがちらほらいらして、小僧と呼ぶようで、炊事する部屋の入り口には、「小僧以外立ち入り禁止」と看板がでていました。小僧さんはこのさぶい冬に、裸足!もうひとつ上の位に行かないと足袋は履けないようです。

阿闍梨様は、100年に一度出るかでないかの厳しい修行を経た高僧の総称で、京都のお菓子に阿闍梨餅というのがありますが、阿闍梨の修行中の頭にかぶる傘をかたちどったお菓子らしいです。

こちら、律院の住職さんの阿闍梨様は、戦後8人目の阿闍梨様らしいです。

100年に一度の大変厳しい修行は生きて返ってこれるかわからないため、山に長い修行に出かける前に、もう会えないかもしれない家族に挨拶をし、生き葬式をするらしい。

今日は、一見小僧に見えるはしもっちゃんとと比叡山坂本駅で待ち合わせ、二人で出かけました。
小僧に見えるため、本物の小僧さんから、仏教大学に通われている方ですか?と質問されていました。笑
やっぱり〜。

律院の阿闍梨様の門下として修行されている小僧さんらはみな二十歳前後の小僧さんらです。一人はつい最近九州から修行にこられたという20歳の小僧さんで、こちらで修行経て3年後に実家のお寺に返るらしいです。
「また遊びにきてください」なんて可愛らしいこといってくれていました。素朴で、童顔で、可愛い小僧さんでした。護摩焚き中、阿闍梨様にみんなの祈願が書かれたお護摩を積み木のように並べたりして、阿闍梨様のもとに届けていた。「の〜まくさんまんだーらさらだん〜」とサンスクリット語で大声で不動明王のご真言を唱えていました。
はじめて律院にお参りした3年前、護摩焚きに衝撃を受け、東京の中で護摩焚きのあるお寺さんを探したものです。が、律院を超える護摩焚きには未だに出会っていません。
不動明王のこのご真言が好きで、暗記していました。今回は般若心経とあわせて1時間程、唱えることができました。

楽しかった〜。お茶目なまた阿闍梨様に会いに、護摩焚きに参加させてもらいに行きたいと思います。

*ちなみに、写真にある律院におあせられる銅像、「大行満祖賢和尚」は、阿闍梨様のおじいさまで、こちらは500年に一人の高僧らしい!

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