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2011年8月 6日 (土)

自然と共に生きるということ

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実家は三重県鈴鹿の海沿いの漁師町。岐阜から流れる木曽三川の真水のおかげで、海の塩水と混じり絶妙な潮がつくられ、このあたりの魚介類は柔らかいのと脂がよくのっているので知られています。

実家は半農半漁ですが、8割は海からの水揚げで暮らしています。東京に出てから海で働く人たちの知恵にひかれ、度々取材を重ねてきました。

集めた新聞の切り抜きや資料、取材内容などがどんどん溜まっていき、いつしか私の東京の家にはそれらの資料が段ボール2箱分くらいになっていきました。いったい行き着く先がどこなのか、イメージがあり、気にはいつもとめていても、いたずらにずっと寝かせてありました。

ひょんな事から最近また取材を再開しています。

一昨日からは、伊勢湾の片口いわしの漁の弟の船に乗せてもらおうと張り切って帰省しました。

が、二日ともだめでした。隣町の楠の水産業者に途中運搬船で水揚げした片口いわしを運んできた父の漁船に乗せてもらおうと待機していたものの、魚の値段があまりにも安く、その日の漁は止めることに。
次の日は、台風9号の影響で海が時化ている中、無理に乗せてもらったけど、鳥羽の答志島も上島もすごい風で沖休み、隣町もその隣町も引き返してきて、私とカメラマンの人も途中で引き返してもらうことに。
それから、父と弟は名古屋空港の当たりまで魚場を狙いにいったものの、あまりにもの波で引き返したという。他の漁師の人らのが無線も携帯もつながらず港まで家族で安否を見にくる大事になっていたらしい。

このような時化の日は、長年の漁師の人も海に落ちて亡くなったりしているものだから、素人の私らを船に乗せるのは、ものすごく嫌がります。

そして漁の時は、人よりたくさん採りたい勝負事だし、船の上の機械に巻き込まれ亡くなっている漁師の人が昔からいるものだから、とにかく命がけ。うちの父親は絶対乗せてはくれない。私が悪いのですがこのまえもそれで喧嘩になり。父の友達漁師にも、人の命は預かれないと軽く乗せてくれなんてとんでもないと言われました。
嫌がる弟に無理矢理頼んで毎回乗せてもらっています。それでも、しつこいくらいに、船から落ちたら終わりやぞ、と何回も何回も乗っている間、「気をつけろ!危ないで前(操縦しながら様子が見えるように船の先端)におれ!」と怒鳴られています。


それで、二日間、行った父と弟、同じ船に乗って仕事しているおっちゃんは家に帰宅後、一杯やり海境のことやら値段のことなど話しています。大漁の時は上機嫌、こう毎日赤字だと、ここまで元気がないかと思うほどお通夜のような台所です。


今日は沖休みの土曜日。昨日、一昨日の時化が嘘のように波が静かです。また明日一人で片口いわし漁に便乗リベンジの予定です。

あー早く片口いわしの漁のことを書きたいんだけど。。早く船に乗りたいんだけど、と私は自分の都合で思ってしまうなんてとても傲慢です。


自然を思うがままに操ろうなんて到底できない。
自然には従う事しかできない。それが自然と共に生きるということ。


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沖休みの今日、父が隣町の伊勢若松の友達漁師からもらってきた、たち網に引っかかってきたたくさんの渡り蟹。これ、伊勢湾でとれる魚介類の中でも私の好物です。

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